◯ 8 紅き龍と黒き念い その7
「うわッ……!!」
レンガが、大理石が粉々に砕かれ宙を舞って襲ってくる。
咄嗟に障壁を召喚して身を守り、砂埃が舞う中顔を覗かせると足元に人が転がっていた。
「エシリヤ……さん……? エシリヤさん!!!」
思わず駆け寄り、体を抱え起す。
するとべっとりとした感触と共に手のひらに生暖かいものが広がった。
「うぁっ……」
ウェーブかかった金色の髪は煤にまみれ、ドレスはあちこちが破れて無残な姿になっていた。
そして何よりも、
「動かしちゃダメよ、燈……傷が開く」
「……ぁあ……」
身体中傷だからけで、腹部にかけて大きな切り傷が広がっていた。薄い青と白の綺麗なドレスが赤黒い、真紅に飲み込まれていく様は痛々しくて見ていられない。
「アルベルトさんは……エミリアは……!!」
クー様の回復魔法があればきっと傷口もふさがる、そう思って姿を探しーー、
「ぁ……」
城の中から出てくる、その人影に気がついた。
「……あんた……なにしてんだよ……、……なにしてんだよ!!!!」
エシリヤさんの傷口を押さえながら叫び、片手で杖を突き出す。
「答えろよ!! ランバルト……!!!」
そこには、気を失ったエミリアを引きずり、クー様を踏みつける「暇を出された護衛の騎士」が立っていた。
「……魔導士……きてしまったのか……」
「おい、答えろよ……なにしてんだよ!! その足どけろって!!」
動けない。いますぐにでも殴り飛ばしてやりたいけどエシリヤさんの傷は深い。
とてもじゃないけどここに放っておくなんて出来なかった。
「クビなったからって八つ当たりか!!? 怒りぶつけんなら俺だろ!! 違うかよ、おい!?」
聞こえてないはずはない。
ランバルトはクー様をつま先で蹴飛ばすと瓦礫の中からこちらに降りてきた。
無残にも地面を転がる小さなドラゴンは微かに翼を動かしただけで首をもたげることすら出来なかった。
「ランバルト……さま……、」
「……!! エミリア!!」
腕を引かれ、ズルズルと引きずられているエミリアが意識を取り戻したらしい。苦しげに呻き、転がっているクーさまを見るや否や「クーちゃん!!!」と悲鳴をあげた。
「彼の命は奪いません……ご安心を……」
「……私は一体……それより何故……」
「……」
忠義を尽くしていたはずの騎士の視線は冷たい。
燃え盛る炎を瞳に反射させつつも静かにエミリアを見下し、
「……あなたには死んでいただきます」
感情を何一つ浮かべず、ただ事務的にそう答えた。
「アカリ……さま……」
「……!? エシリヤさん……! 動いちゃダメです……! 傷がっ……」
しかし傷口を押さえていた手はそっと押しやられ、「私は平気です……」と苦笑を浮かべるとエシリヤさんはランバルトを睨む。
「……アルベルトが悲しみますよ……」
「承知の上です」
苦々しく顔を歪めるエシリヤさんと無情にも顔色一つ変えないランバルト。
二人の間で無言の応酬があり、「アカリさま……?」とエシリヤさんが僕の体から身を起こした。
「ダメですって!! じっとしててください!!」
慌てて押さえようとするけど胸に手を置かれ、それは拒まれた。
「……エミリアを……守ってください……あの子は……我が国の希望なのですーー、」
「でもっ……!!」
とランバルトが剣を抜くのが見えた。
「おい!!!」
反射的に魔法陣を浮かべる。
それが何の魔法だったのかはわからないーー、でももしランバルトがエミリアを、その剣でエミリアを殺すつもりなら、僕は、
「ーーやめろ、無駄だ」
「ッ……!!!」
温度の感じない言葉に僕は魔法陣を起動させる。
青白い光、周囲の炎を飲み込みつつ大きくなったそれは一直線にランバルトの腕に向かって突き進みーー、
「 天龍の雷 」
バギンッ、と空を覆っていた防壁を突き破り伸びてきた白い雷によって僕の魔法は「噛み砕かれた」。
「うぁッ……!?」
魔法と魔法の激突。
恐らくは相殺されたエネルギーが周囲に爆発したのだろう。目がくらむような光とともに衝撃が全身を打った。
「燈!!!」
「クッソ……!!」
フードの中から結梨を取り出すとエシリヤさんに押し付けて走り出す。
この隙に逃げられでもしたらエミリアは取り戻せなくなってしまうーー。
「うォおおおおおおお!!!」
風圧でマントと帽子は飛んでいき、魔導士らしからぬ物理攻撃でランバルトに殴りかかる。
杖を縦に振り下ろし、ガギッンと剣で受け止められる感触が確かに響く。
すかさず重心をずらし、剣の肌を滑らせるようにして勢いを逃し、体の捻りを加えてもう一撃ーー、「喰らえっ、じーさん秘伝の二連撃!!」
散々稽古でお見舞いされた動きを完璧にトレースしたつもりだった。
鍔迫り合いには持ち込ませず、一瞬の気の緩みのタイミングを狙った不意打ちーー、
しかし、実践続きの「本物兵士」にはそんなものは通用しないらしく、
「甘いっ……!!」
横腹を狙った横薙ぎの一撃は肘と膝で挟まれて止められてしまった。
……っていうか、ンなのありかよ……!!
「ッ……て……はっ……!!?」
文句の一つでも叫びそうになった矢先、アルベルトの「変化」に思わず跳び下がった。
「な……、それ……どうなってんだ……? お前……『なんなんだよ』それ……!!」
僕の杖を放り捨て、剣を鞘に戻すアルベルトの頬にはーー、いや体のあちこちには「鱗」が浮かんできていた。
それは炎の光を受けては赤く、時には青く光り、まるでそれら一枚一枚が命を宿しているかのように色を変える。そして僕は、その様子に見覚えがあった。ーーいや、「よく似ている」と思った。
「説明するまでもあるまい……」
「いや説明しろよ」
ーーまぁ、想像はつくけどさ。




