◯ 8 紅き龍と黒き念い その6
異世界イコール戦闘みたいな先入観があったのは否めない。
やっぱりちょっと熱くなってた。冷静さに欠けるのは良くない――。
「熱くなった方が負けってね……!」
ちょっと複雑な魔法陣なので描きながら攻撃をかわすとなると線がブレる。
「導け、我らが主よ。鳴らせ、断罪の時ーー……、」
その度に描き直し、二つ同時に円を描き、文字を書き加えていく。
濃い緑色に染まり、ビシビシと鼓動するかのように発動の時を待つ二つの魔法陣ーー、
「ここだぁッ……!!!」
二体が再び挟み込むようにして突撃したきたタイミングで急降下し、追ってきたところで魔法陣を発動させる。
「 地に縛り付けシ、神々の鎖ッーー! 白銀の鎖!!!」
ツタが伸びるように出現した幾重もの鎖ーー、それは槍のように二体のドラゴンを貫き、巻き付け、ガチンッと空で縛り上げる。
「っ……ーー、落ちてもタンコブぐらいで済むだろ……?」
巨大な体を止めた反動に顔を歪めつつも、鎖を出現させた魔法陣は維持する。
翼の自由を奪い、怒りに雄叫びをあげる姿に僕も顔を歪める。
「ごめんな……」
さよなら代わりに吐き出された炎を守護領域を弾き出して相殺させ、浮力を失った体が地上に吸い込まれていくのを眺めた。
受身も取れず、そのまま叩きつけられるのは酷だろうが仕方ない。
「行くわよ」
「……うん
ちらりと視界の端で鎖に縛られた二体のドラゴンが地面に横たわり、静かに呻くのが見えた。そんな姿に「ズキリ」と、胸の奥が痛み、そっと目を逸らした。
「燈」
「……わかってるって」
お見通しってわけかな。全く……。
「…………」
それに甘えるわけじゃないけど口には出さないでおく。
じんわりと彼らを縛り付けた感触が残っていた。
ーーもし仮に、あのドラゴンたちともっと違う出会い方をしていたなら……。例えば、クー様を知らず、あの主様も知らなければ「強大で、人なんて敵いもしない怪物」として震えはしても戦えただろう。でも、そうじゃないことを知ってる。
クー様や主様、……そしてエシリヤさんたちの話を聞くに「人とは相入れない存在」なだけで「理性がある」。
そんな風に思うと、魔法で焼き払うことにためらいを感じてしまう。ーー否、できれば命はとりたくない。もちろん、殺されないことが前提だけど……。
「ハァ……、ただの高校生にナニ求めてんだか……」
「自業自得でしょ。……だからあんな魔導書捨てろって言ったのに」
「……いったっけ?」
「あんたが聞いてなかっただけでねー……」
空を飛ぶことには慣れたのか、それでも高い所は怖いらしく首に爪を立てながらも結梨が顔を覗かせて言った。
「……ろくなことにはならないって思ってたわよ」
「ごめん……」
「何を今更」
地上に近づき、滑空するように城壁の外に降り立つと城門の一部が崩れていた。
中の火事から逃げてきた人が周囲に転がり、喘いでいる。
「っ……、急ごうッ……」
そのままエミリアの姿を探して中へと入ると街の中は火の海だった。
夜だというのに空を覆う炎で周囲は赤く照らされ、そして「中から起きた火事」で辺りは燃え盛っている。
必死に火を消そうとする人、燃え盛る建物から荷物を外に運びだそうとする人ーー、街の人たちの行動は様々だ。
しかし、そんな中で略奪や殺戮が行われている様子はない。
ただ混乱が起き、逃げ惑っているーー。そんな感じ。
「……?」
空を駆けながらその状況に首をかしげる。
一体狙いはなんだ……? この国そのもの……?
未だにビシビシと音を立て続ける防壁の向こう側ではドラゴンが火を吐き続けている。今にも割れそうな不安な音を立ててはいるけど、流石「本物の魔導士による魔法」だ。そうやすやすと破られる事は無いようだ。
ーーなら、やっぱり狙いはエミリアーー……。
「っ……」
よくも考えず先に行かせたのは間違いだったかもしれない。
城に辿り着けばアルベルトさんもいるし、ドラゴンとの空中戦に巻き込ませるよりかは安全かと思ったけど無理矢理にでも主様のところで待たせとくべきだったかーー、……!!?
「っ……?」
「……燈?」
城までもう少しというところで首筋を掴まれるような感覚に襲われ、思わず地面を横滑りしながら着地し杖を薙ぎ払った。
しかしそこには誰もおらず、一瞬で心拍数が上がって息を荒げる僕の呼吸音と遠くから聞こえる人々の悲鳴がこだまするばかりだ。
……なんだ……いまの……。
山を登っている時に感じていた「視線」。それがいま、実体となって掴み掛かってきていた。
姿は見えない。……だけど、いまここにそいつがいるのは確かだ。
「……ッ……いつまでコソコソしてるつもりだ! この覗き魔!! 変態!! スケベ!!」
結梨は何も感じていないらしく首をかしげる。……しかし、いまもこうしている間もピリピリと肌をかすめる感触は拭えない。
「誰かいるの……燈……?」
「……わかんない……わかんないけど……やばい」
「…………」
得体の知れないものに襲われる恐怖は生物本来の警戒心を呼び覚ますのかもしれない。
祠に向かう途中に襲われた獣たちに対しても僕は異常に恐怖を感じた。なのに、あのドラゴンに対してはそれほど「怖い」と思わなかった。……いや、怖いのは怖かったけど「恐ろしい」と思わなかった。……だってドラゴンだとしてもそれは「そこにいる生き物」だったから。見て触れられる「生物」だったからーー。
「クッソ……」
ザラザラと精神を削られていくのがよくわかる。
何者かもわからず、そしてそれが「人」なのかそれとも「ドラゴン」なのか……はたまた、それ以外の「何者」なのか。
この世界に来てから驚く出来事は多かった。魔法が使えることやドラゴンの存在、「よくないもの」にとりつかれた獣たち。
だから「何が起きても不思議じゃない」。
僕の世界の常識はこの世界で通用せず、きっとこの「何者か」も僕らの予想を超えるようなーー、
「燈!! お城が!!」
「……!?」
纏わりつく何かに気を取られて、それへの反応が遅れた。
振り返り、城が目に入った瞬間、
ーー城の一部が大きく外に吹き飛んだ。




