◯ 8 紅き龍と黒き念い その5
「……ええぇー……どうなってんのそれ……」
「走るよりかは早いかと……!!」
「いやいや……」
翼が生えてる僕が言うのもなんだけど、どこぞの怪盗よろしくドラゴンにぶら下がって空を飛んでる姿はなかなか凄まじい。
そもそもクー様の小さな体でエミリアを支えきれるわけがないんだけどーー、ってよく見たら翼から薄い膜みたいなものが広がってそれ自体が「大きな翼」になっていた。
どうやら魔法で浮力を増しているらしい。
「私も行きますからっ……! 置いていかないでください!!」
震えていた。憤っているように見えて、多分それは自分を鼓舞しているんだろう。
それに街の人たちが心配なのは僕よりもエミリアの方だ。
あれほどまで優しく接してくれている国民を見捨てるなんて考えてもいないはずだった。
「……わかった、無茶はしないでね」
「はいっ……!」
僕も頭に血が上って先行したことを謝る。
冷静に冷静にっ……、これはゲームじゃない。現実なんだと言い聞かせ、僕の命には結梨のそれも繋がれていることを
再確認。……魔法があるからって油断はしないようにしなきゃな。
「……!! アカリ様!! あれを……!!」
言われて振り返るとどうやらこちらに気がついらたしいドラゴンが2体、体の向きを変えて飛んできていた。
暗くてよく見えないが黒い鱗が煌めき、噛み締めた口の隙間からは息のように炎がくすぶっている。
「っ……エミリアは先に城に向かってくれ。……あいつらは僕が……」
「しかしっ……!!」
「なーにっ……大丈夫だよ、きっと。ーーこれでも伝承の魔導士サマ、なんでしょ?」
「……はいっ……」
不安は拭いきれなかったようだがクー様は短く「クゥッ」と鳴き声をあげ、返事をしてくれた。
ーーここは任せた、……かな?
なんとなくそんなふうに言われたように感じて少し嬉しくなる。「クーちゃんッ」と合図したエミリアに応えるように急降下を始めた姿を追うように一体が転身する。
「させるかよっ……」
僕もそれに合わせるように急降下、まるで空を泳ぐように駆けるエミリアとドラゴンの間を切り裂くように割って入り、
「我が宿敵を蹴散らせッ……!! 乱舞する竜の牙!!!」
雷撃を以てその動きを制する。
四方から出現した雷に一瞬ひるんだように見えたが、どうやら雷は鱗で弾かれてしまうらしく「アインッ、ツヴァイ、ドライ、フィーア!」どれだけ打ち出そうと空中でバチバチと音を立てて四散するばかりだ。
「燈!!」
結梨がフードの中で叫び、「爪!」振り向きざまに左腕を薙ぎ払って迫っていたもう一体に牽制をかける。
電気が通じなくても目の前で炸裂すれば体は止まる。
その隙に羽ばたき、急上昇してその場から抜け出すとエミリアが城壁をつたって街の中へと降りていくのが見えた。
……頼んだぞ。
中が危険なのは変わらない。
クー様が守ってくれるだろうけど僕も早く向かいたい。
「つーわけで、雷がダメならこっちはどーでぃっ……!?」
手に持った杖で狙いを定め、描く魔法陣は僕が知る中でも一番美しい。
赤く二重の円が描かれ、煌めいた先に小さな炎が浮かび上がる。
「第六の門、黒煙たる大地の力、深淵より来れ! 燃え尽きる事なき不死鳥の舞!」
ボウッ、と目の前が明るくなり生み出され大きく羽ばたき飛んでいくのは一体の大きな鳥。
炎の中に生まれ、炎とともに生きた伝説の生き物・不死鳥だ。
もっとも、召喚術ではなくあくまでも炎の不死鳥を生み出すだけの魔法でそれは対象を焼き殺す。
それはドラゴンであっても生物である以上、例外ではないはーーず……、
「うわっ!!?」
飛んでくる不死鳥を睨み上げた二体のドラゴンはともに口を開き、巨大な炎の塊を次々と打ち出してきた。
炎で出来た不死鳥は貫かれると不安定に体を揺らし、外れた幾つかは僕の元へと飛んでくる。
「大天使の結界領域ッ……!!!」
慌てて張った結界は炎が当たる度に激しく揺れ、ビリビリと大気が裂けそうな音が響く。
一方、不死鳥は二体のドラゴンを翼で薙ぎ払いながら夜の空で燃え尽きていった。
「クッソ……流石はドラゴンって感じだなぁ……」
直撃こそしなかったけど、崖から落ちてきた岩を全て「蒸発」させた魔法で火傷すら負っていない。
少し表面が燻っているようにも見えるけど、あまりダメージにはなっていないらしくそれでも反撃したことに怒りを膨らませ、咆哮がかえってくる。
ーーこわぁあああ……。
さながら怪物映画だ。
ジュラシックパークの世界にでも迷い込んだようだった。
二体のドラゴンは目配せし合い、体をしならせると旋回して二方向からこちらを挟み撃ちにしようとしてくる。
慌てて僕も羽ばたき、間を縫うようにしてかわすけれど空中戦はあちらの方に分がある。
流石、空の王者ってだけはある。……偏見だけど。
昨日今日飛べるようになった僕じゃ動きに無駄が多いし、立ち回りもわからない。
反応速度はこちらの方がうわまっているらしく、見てからかわせばなんとかなるけどジリ貧なのは確かだ。ーーそれに、そうこうしているうちに「街の中」で何かが起きてからじゃ遅すぎる。
「つってもこいつら連れて町に向かうわけにもいかないしな……」
距離をとりつつ、頭の中で魔導書をパラパラ捲ってみる。雷、炎が効かないなら水ーーってことになるのかもしれないけど街を消化させるぐらいしか効果はなさそうだ。
だとすればもっと威力の高いーー、
「あんたねぇ……さっきからバカみたいに付き合うことないでしょーに」
「え……でも……、うわっ!」
頭の後ろから話しかけれて気が逸れた隙に「頭ごと」持って行かれかけた。結界領域はまだ砕かれてないけどそれでもいつまで持つかもわからない。
「この世界に来てから脳筋すぎるっつってんのよ。……もっと頭使いなさいよ」
「頭……」
使ってるつもりなんだけどな……と魔導書を捲る指が止まった。
ーーああ、そっか。




