◯ 8 紅き龍と黒き念い その3
「ーーーーッ……!?」
思わず防壁魔法を引きずり出し、構えるが立っていられるレベルじゃなかった。
前につんのめり、そのまま踏ん張れずに跳ねた勢いで後ろに倒れ、主様の首元に埋まりこんだ。
「だっ……?! 結梨!! エミリア!!」
揺れがおさまり、なんとか体を起こすと二人も地面に倒れこんでいるものの建物が崩壊した様子はない。
魔法で燃えているのであろう炎はちらつきこそすれ、周囲を照らしていた。
「落ち着け、地上じゃ」
動いた視線の先を追って見上げる。いまもまだ微かに地響きは聞こえてきていて、確かにそれは遥か遠くからのものに思える。
ーーってことは祠が……?
「……いや、王都の方じゃな」
「……?!」
王都って、そんな遠くからのものがここまで……?
頂上から見下ろした景色がふと浮かんだ。半日以上かけて登った山は王都の裏手側に位置するとはいえかなりの距離があった。
それなのにその衝撃がここまでーー、しかも地下まで伝わって来てるってことは……。
「……エシリヤさんは無事なのか……?」
嫌な予感がした。
自慢じゃないけど地震には慣れっこだ。でもいまみたいな揺れは向こうの世界で感じたが無い。
何が起きたのかはわからないけど「震災だとしても」死人が出るレベルだろう。
僕の焦りを読んだ上での配慮なのか主様の対応は静かだった。
「いまのところは平気なようだ。王都には防壁魔法の仕組みが敷かれておる、あの方直々の魔法陣じゃ。そう易々とは打ち砕かれんーー、……じゃが……、」
「……じゃが……?」
何か言いづらそうに……、言葉の先を探るようにして紅きドラゴンは「内側から打ち砕かんとする者がおる」と顔を歪ませた。
「……ドラゴンなのか」
苦渋に染まった顔を見て察する。
この国の主様といえどドラゴンと人は対立しており、エミリアを狙っているのもドラゴンだ。
となれば襲撃してきた同胞を憎みきれないというのもわかる。
お互いに何も言わず、黙って見つめ合うと不思議と考えていることが分かった気がした。
ーーそれでも守らなければいけないものがある。
これはもしかすると僕の感情じゃないのかもしれない。頭の中を覗かれついでにこいつの気持ちを移された。なーんて。
だからそれでも……、それだけでも十分だった。僕は出来る限り優しく、……それでいて励ますようにその首筋を叩くと「任せとけ」と足を踏み出す。傍観者だなんて気取るのは実際に首を突っ込んでみてからだ。
「ユーリ、エミリア。怪我は?」
「平気。エミリアもクーちゃんのおかげでなんとか」
「クゥッ」
人一倍怯えているかと思ったけど既にエミリアは立ち上がり、地上を睨んでいた。
しかしその杖を持つ手は震え、口元は固く閉ざされている。
「……そう固くなるな」
やっぱり主様がちょっと乗り移ったのかもしれない。
エミリアの隣まで歩くと肩に手を置き、そっと力を抜いてやる。
「俺たちに任せとけ」
結梨が後ろで「バカ」とこぼしたのが聞こえた。
それがなんとなく、過去の記憶を蘇らせる。
薄暗い剣道場、こっちを睨む上級生に俯いたままの結梨。
陽が沈んでひんやりと冷え始めた道場の冷たさが背筋をそっと撫でる。
ーーそっか、あの時とおんなじなのか。
後悔なんてしてなかった。「そうすること」が当然だと思ってたし、それで僕を取り巻く環境が変わったところで気にもしてなかった。……けど、こうやって躊躇し続ける程度には根付いてたんだろう。
「ほんとバカだなぁ……」
口からこぼれたのは無意識だった。
あの頃の自分がここにいたら何も言わず、苦笑するほかない。
後悔するとわかっていてもたぶん僕はやめなかったから。
目の前で一人戦おうとしている子を放っておくなんて、きっとできないから。
……だから、
「バカでごめんっ……?」
改めて結梨に謝っておく。
きっと僕はまた後悔するだろうから。
自分で選んで、自分で首を突っ込んでおいて……きっと後悔すると思うからーー。
僕の言葉に結梨は目を丸くする。
なんのことを言っているのかもきっと伝わってるんだろう。
だからあの時と同じように俯き、目を合わせないようにして「好きすれば」と苦々しくつぶやいた。
「どーせ何言ったって聞かないくせに」
「あはは……」
ただあの時と違って結梨は笑ってくれたけど。
「よしっーー、」
気合を入れてマントを帽子を被しなおす。
伝承の魔導士として、やれることはやってみようーー。
例えそれが後悔する結末になったとしても、僕は。
……女の子の体になっていても、僕は僕だから。きっと。




