◯ 8 紅き龍と黒き念い その2
一応さっきから入り口を警戒してはいる。ここに入ってから見られている感覚は無くなっていたけど、それでも襲撃が無いとは限らない。
杖を手に入れることを阻止したいのであれば、緊張が一度とける「今が」一番の狙い目だろう。
「……ユーリ」
「ゆ・う・り」
「……来るかな」
「さぁ? どっちにしても守ってくれるんでしょ、あ・か・り・ん」
「あかりんて……」
どうにも緊張感のないあだ名を頂戴してしまった。
周囲を確認するけど今の所は何も起きていない。というか、何も起きなさすぎているような……?
エミリアは祭壇からこちらに戻ってきて主様ことドラゴン様とお話ししているみたいだし、平和すぎやしないか……?
「ねぇ、主様。ちょっといい?」
「なんじゃ贋作」
「贋作て……」
さりげなく罵倒してくるあたり一体僕のことを何だと思ってるんだろう。それはかつての魔導士様への忠誠心が故……? 大人気ないなぁ、このドラゴン……。
「この国のことなら把握してるんだよね?」
「おおまかにじゃがな、ここは龍脈の集まる場所じゃからの」
「僕たちをーー……エミリアを襲ってきたやつの事は把握できてるんですか?」
「……何者かは分からぬ、……じゃが人間でないことは確かじゃな」
「ふーむ……」
魔力源、とやらが人よりも多いってことだろうか。
まぁ、魔法もなしにあんな「崖を壊す」なんて真似は早々できないだろうしエシリヤさんも
「ドラゴンたちに狙われてる」って言ってたしな……。
「そいつの居場所は?」
「随分前から気配を消しておる。探ってはおるが見つけられぬな」
僕の頭の中も読めないとか言ってたし、案外能力低いのかもしれない。デカい図体して。
「聞こえておるぞバカもの」
「ありゃ」
ともかく。いまは姿を消してるっていうなら帰りはそれほど気を張らなくていいんだろう。念のために大天使の守護領域でも張っておけば今夜中には城に戻れ……、
「……どうした」
「もしかして外ってもう夜なのかなーって……」
「そうじゃな、日は暮れたようじゃが」
「マジかぁー……」
「ええっと……? 野宿ですね!」
なんで嬉しそうなんだエミリア……。まぁ戻れるとは思ってなかったけど野宿て……、キャンプとか小学校の頃以来だぞ。
「ここで寝ても?」
「外よりかは安全じゃろう。ワシもおるからな」
「あいよ」
言って「遥か栄光の彼方」を発動させると中から荷物を取り出す。
ホイホイ、っと魔法陣で開いた空間に腕を突っ込みパンパンに膨れたカバンを確認するとちゃんと全部揃っているようだった。
ーー正直怖かったんだけどなぁ……。
旅をするには便利な魔法だと思った。中の時間経過がどうなってるのかわからないけど、もし「時間の流れが止まってる」とかいうなら食材を運ぶのも楽だろうし、なんなら貿易で一儲けトカ。
「相変わらず雑念が多いやつじゃな」
「なら覗かなきゃいいだろ」
「ふん」
いちいち突っかかってきて寂しがり屋かッ。
「…………」
「余計なことは考えんでいい」
「ぉ……?」
考えを読んだらしく、聞く前に返事が返ってきた。
エミリアと結梨は手分けして荷物を引っ張り出し、寝袋やら調理道具なんかを床に並べていた。
「ふーむ……?」
少し手を止めてホイホイっとドラゴンのそばへと寄ってみる。
食事に関しては僕が手を出すより二人に任せといた方が安全だろう。
……結梨の手料理はともかく、エミリア「まで」下手だとは思えないし……。
「なー、主さま」
「なんじゃ」
「んー……」
頭の中を読んでるなら考えてることは筒抜けなわけだし、いちいち聞くのは無駄なんじゃ……。ていうか、「何を聞かれるのかわかっていて」「なんじゃ」って聞き返すってことはあんまり聞かれたくないってことなんじゃ……?
柄にもなく気をつかってしまう。ドラゴン相手なのに無駄に。
「……寂しくないの?」
「……気を使うんじゃないのか」
「人付き合いは苦手なんだよ」
「のようじゃな」
友達と呼べる人はいないし、学校で話すのも幼馴染の結梨ぐらい。
先輩とは随分ながらくご無沙汰だし、クラスでも友人ができる事はないだろう。
もっとも、元の世界に戻れれば……だけど。
「孤独というものは温もりを知っておるから身にこたえる……じゃが、それもいずれは慣れる」
「……だったらこれからまた辛いね」
「たわけ者」
ドラゴンの語る言葉は静かだった。
感情を押しつぶしたような、のっぺりとした抑揚のなさがやるせなくさせる。
当然だ、こんな地下に、……一体何年いるのかはわからないけれど「竜宮の巫女の杖」を守り続けてるんだ。寂しくないわけがない。
かつては地上で生きていたのだろう。話を聞くに黒の魔導士や初代国王のことも知っているらしい。
契約を結んでいれば死を共にするだろうから「生きている」ということは契約を結んだドラゴンというわけではない。
でも、「事実が伝承に変わるほどの時間を」生き続けているとなればその孤独は計り知れない。
永劫とも思える時を過ごすにしても、一人孤独に過ごすのであれば主様のいうとおり「慣れる」のかもしれない。
けど、エミリアと再会した後は?
こうして時間を共にした後は……?
楽しい時間が終わることを辛く感じるのと同じように、先の見えない孤独に戻ることはドラゴンといえど辛いんじゃないだろうか。
「……そのような姿で気を遣うな。こそばゆいわい」
「なに。黒の魔導士ってケッコーわがままな人だったの」
「まぁの。……ヒトの言うことを聞かぬ、おてんば娘だったわい」
「へぇ……」
かつてのことを思う眼差しは優しい。
それはさっきエミリアを見ていた時のように柔らかく、そして静かに沈んでいくのだった。
「お主が何者なのかは知らぬ。……じゃがその姿は災厄を招くであろう」
「進んでこの姿になってるわけじゃねーやい。忠告は有難く受け取っとくけど」
「そうか……」
心なしか僕を見つめる瞳が柔らかくなった気がした。もしかしたらかつての「黒の魔導士」を重ねて見たのかもしれない。
「まぁ……なんだ。……エミリアは守るから安心してくれ」
自信はないけどご老体だと思うと無駄に気を遣ってしまった。僕も僕で結梨の爺さんのことを重ねてんのかもな……。
まだこっちにきて数日も経ってないのに随分時間が経ったように思える。向こうの暮らしがなんだか恋しい。
「……魔法が使えなくなるのはちょっと寂しいけど」
「その魔力源のことじゃがな……」
「……?」
独り言のつもりだったけど頭の中を読んでいたのか普通に聞こえていたのか、主様が口を挟んで来た。
「見たところ、あのお方と同じような体の仕組みをしておるようだが……即ちそれは同じ末路を辿ることになるやもしれん。……そのことを貴様は分っておらぬのだろう?」
「……あ、読めてる?」
「うぬ」
答えなくても応えてくれるってのは便利なんだかなんだかー。
ならこの人(?)に聞いたほうが早いのかもな。黒の魔導士が一体何者なのか、何をしたのか。
そして「この体が一体何なのか」。……多分、エシリヤさんに聞いたところで伝承以上のことは得られない。なら、共に時間を過ごしたであろうこのドラゴンにーー、
「……なぁ、主様? 黒の魔導士ってさーー、」
思えば、フラグらしいフラグだったと後になって思った。
僕がその核心に触れた瞬間、世界が“縦に揺れた”。




