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◯ 8 紅き龍と黒き念い

「ンだよ……いるんじゃん……ドラゴンーー……」


 呆気にとられてクー様の存在を亡きものにしたことを許してほしい。

 それほどにまで「イメージ通りのドラゴン」がそこにはいた。

 地下神殿を思わせる造りで、中央の祭壇に横たわるようにしてそいつはこちらを見ていた。

 大きな翼、長い尾。東洋の蛇を連想させる龍ではなく、西洋の背中に翼の生えたドラゴンでもない。

 どちらかといえばプテラノドンを始めとする翼竜に似たーー……まぁ、クー様と同じように「ワイバーン」と呼ばれることの多い、腕から翼が付いたタイプのドラゴンだった。

 体は真紅の鱗に覆われており、消えることがないのであろう青の炎を反射させている。

 ゆらゆらと、その瞳の中で炎の波に合わせて僕たちの姿がちらついて見えるのが妙に艶かしい。


「よく来たな、若き姫君よ。ーー……大きくなった」

「主様はお変わりないようで」


 口を開いて話しているわけではない。先ほどと同じように頭の中に直接声が響き渡っていた。

 低く、地を揺らすような重い声色だ。


「……なぁに、驚くことはない。長い年月を生きていればこそ……かような芸事も覚えるわい」

「いや……まぁ……うん……?」


 エミリアかエシリヤさんか、どっちかに「ドラゴンですら人の言葉を話せない」って言われた気がしてもやっとした。

 いや、喋ってはないけど。テレパシーの一種だけど。


「うーん……?」


 なんて考えもお見通しなんだからやりづらい相手だ。


「して……貴様はなんの冗談じゃ?」

「ん?」


 エミリアとの再会は淡白なもので、あっさりと済ませて僕を睨む。初対面なのに。


「『どうしてそのような姿をしておる』」

「…………」


 それはどっちの意味なんだろう……?

 どちらとでも取れる質問はお互いにとって不幸でしかないんだけど、とりあえず、


「考えが読めるなら聞く必要はないですよね?」


 と答えておく。

 覗くなら勝手に覗いてどーぞ。

 下手に説明するよりその方が手間が省けていい。


「……ふん……防壁を張っておいてよく言う」

「……?」


 はて、なんのことやら。

 さっぱり見に覚えのないことでなじられてちょっと困惑。

 結梨も首をかしげてるし何か勘違いされているらしい。


「読めないんですか?」

「正しくは理解できぬ、じゃな。主の思考は乱雑すぎる」


 えー……。

 これでも理路整然とした思考の持ち主だと思っていたんだけどな……。

 つか、頭の中を覗いて「あー、お薬お出ししときますねー」とか酷くないか。なんだよそれ、勝手に診断すんなよ。


「それに読むのは疲れるでの」


 おじいちゃんか。


「それでどうして『あのお方の姿を真似ておる』」

「…………」


 ちょっと思考停止。……ではなく、思考を走らせる。


 ーーあのお方の姿を真似てる……?


「もしかしてこの人を知ってるんですか?」


「……? 奇怪なことを尋ねるお嬢さんじゃのう。知ってるもなにも、『かの黒の魔導士さま』ではないか」

「……」


 その口ぶりは「その人物を知っていた」。

 このドラゴンは「黒の魔導士」を直接見たことがある。いや、話したことがある……?

 本人と間違えられたわけではなく「真似ている」と言われたんだからきっと最近じゃない。大昔だ。よく見れば翼は所々痛み、年季も入っている。


 ーーまさか伝説のドラゴンだとか言わないよなコイツ……。


「どうした、答えぬか」

「アカリ様は記憶喪失なのです……! しかしその魔力は伝承の魔導士様と瓜二つ……、おそらくは神様のお導きではないかと……」


 一生懸命エミリアはフォローしてくれるけれどドラゴンの視線は冷たい。


「お主が何者であろうと知ったことではないが、……その姿、その力ーー……災いを呼ぶぞ」

「ンなこと言われても……」

「ねぇちょっと、その話って重要なわけ?」


 最初は警戒していた結梨だったけど、案外話せる(?)相手だとわかったのか口を挟んできた。

 流石に結梨の言葉はわからないらしく首を傾げたドラゴンに言葉を伝える。


「本題は僕らじゃなくてエミリアじゃないの」

「まぁ……そうじゃな……」


 歯切れが悪い。

 ……でかい図体してなんだか親近感あるな……。


「お話ししたいことは多々ございます……しかし時間がないことも確か……、……主様。杖を、授けて頂けますでしょうか」


 太い首をもたげ、主様はジッとエミリアを見つめる。

 そこには孫を見つめる祖父母みたいな優しさがあった。

 エミリアは何も言わず瞳を見つめ返す。クー様は二人の間でパタパタと飛び、様子を見守っていた。


「…………」


 分かってはいたけどやっぱり僕は部外者だ。

 どれだけ黒の魔導士だとかいわれてもてはやされても第三者であり、傍観者でしかないんだろう。

 何かあればエミリアのことを守る程度の役割で、下手に首をつっこむ余地は「恐らく無い」。……無いと思う。

 半分願望が入ったけど、この国の問題はきっと僕がいなくても解決されるのだろう。神様のお導きだとかなんとか言ってるけど、ここに来たのは偶然魔法陣が発動して飛ばされただけだし、運命だとか大それたものではないんだろう。

 ……と思いたい。お願いだから。


「よかろう……この日が来ることは覚悟していた」

「ありがとうございます」


 まぁ……それほどまでに、彼らのやり取りに口を挟む余地はなかった。

 神聖とはこのことを言うのだろうか。この世界そのものが空想ファンタジーなんだけど、巨大なドラゴンと対峙するエミリアはそれだけで絵になった。ここに僕らがいることなんて、誰も気づいていないように。


「どうせ大したものではない。……だが、それの意味するところを忘れるでないぞ」

「はい」


 その巨大な体をずりずりと動かし、祭壇への道を開けるとその先に一本の杖が祀られていた。


 魔法使いの杖というよりも、司祭が持っていそうな装飾が細かく施されたものだった。

 白銀の柄、金か銀か。きらめく飾りは炎の明かりを受けて色を変え、その先には蕾が開くように小さなドラゴンが翼を広げようとしていた。四方から伸びた白金の布に吊るされ、宙に浮いていたそれを手に取ると布は四散して消えーー、きらきらと辺りを舞った。


「……おばあさま……」


 ぼそりと、その杖を見つめてエミリアがこぼしたのが聞こえた。


「先代の巫女?」

「ええ、まぁ」


 杖を良く見たくて近づいてみる。少し瞳は潤み、頬が赤くなっていた。

 恐らくは良くしてもらったのだろう。昔の記憶が込み上げてきているのかもしれない。


「これからはエミリアが竜宮の巫女になるんだな?」

「……はいっ」


 そのことを自分に言い聞かせるように頷き。言ってからそのことを実感したらしくキュッと口元を固く締める。

 なんだか妹を見てるみたいで微笑ましい。悲しきかなリアルの妹は罵倒してくるだけの存在で、随分とそんな兄妹の交流はないのだけど。


「名に恥じぬ巫女でありたいと思います」

「ああ」


 主様はなにも言わず、じっとそんな「孫」を見つめていた。

 クー様が肩に止まり、二人で杖を見上げる。

 光舞う中、その存在はまるで天の導きに従う勇者のようにも思えた。


 ……なーんてな。

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