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◯ 7 登ったら降りなきゃいけないんです その9

「へ、え、あっ……?」


 流石にちょっとムカッと来た。

 扉の向こう側には人がいて? 鍵は開いているから入れという。

 けれどその扉は押しても開かず、もちろん引き戸って罠でもない。

 なのに入り方を教えてくれないってならーー、


「……ちょっと手荒にやっても文句は言われないだろ」


 好きに入れと拡大解釈させて頂く。

 頭の中に浮かべるのはあの魔道書。

 パラパラとページをめくり、必要な魔法陣を幾つか取り出してーー、


「後悔すんなよヌシ様。手加減はできないと思うからさーー、」


 両手を前に突きだし、魔法陣を一つ展開すると更にそこに「魔法陣を重ねがけ」していく。

 一つ、二つ、三つ。

 青白く光る円形のそれは幾何学模様を中で渦巻かせながらも互いに作用し始め、徐々に収縮されていく。


「喰らえッ、複合魔術インフェルノ天元ラグナ雷槌ロック!!!」

「ちょっ、あかり!!!」


 結梨の叫び声を掻き消すかのように魔法陣の作動する耳鳴りのような音が響き、魔法陣が歯車のように回転し始めるとーー、


「……ぉ……?」


 しゅ〜っと紋章に吸い込まれていった。


「……え……?」


 代わりに訪れたのは沈黙である。

 否、静寂とも呼べる。

 何が起こったのかわからないエミリアは目を丸くし、僕もぱちくり瞬きを繰り返した。


「……失敗した……?」

 複合魔術は魔導書の中に記載されていた「魔術を乗算させる方法」だ。

 無論組み合わせがあり、相反する魔術を掛け合わせようとしてもうまくいかない。

 一度も試したことない(向こうの世界では発動しなくて当たり前だった)から初挑戦だったんだけど……、


「……はぁー……なんかこの感じ久しぶりだなぁ……」


 盛大にバットを空振りした虚しさがある。

 この世界にきて「魔法が使えるのが当たり前」だったから「発動しない」のってこんなに寂しいものだったんだな……。なんだかその「当たり前の事」を再実感した。


 せいいっぱい頭を働かせて、知恵を振り絞って解読した魔導書。

 書かれている言葉を授業で習う英語そっちのけで覚え、翻訳し、理解しようとした。

 いま思えば英語なんてあの世界の言語だ。同じ世界で4本足の愛玩動物といえば犬か猫でドックかキャットみたいな単純な話だ。……どれだけの苦労と時間をかけて僕は本を読み解き、魔法陣を描いた上で「失敗し続けて来た」のか……。


 それまでに積み重ねてきた労力が「わかっていながらも無駄になる瞬間」、いや「無駄だったんだ」と突きつけられるあの感覚ーー。

 それを久ししぶりに味わい、僕は落胆していた。

 いや、失望していた。僕自身の無力さに、「想いを形にできない不甲斐なさにーー」。


あかり!! バカなこと言ってないで!」

「ん……?」


 結梨に怒られて視線を戻すと紋章が光っていた。


「……あれ……」


 魔法はどうやら消えていなかったらしい。

 不発か思いもよらぬ化学反応か、扉の紋章がじんわりと光り始めたかと思えば「うわっ?!!」目を覆う程の光が扉から発せられた。思わず一歩後ろに飛び下がり、構える。半分上に上げた腕で光を遮り、悲鳴を上げた。

 地響きを伴い、大きな音を立てながら扉が奥へと動いていた。

 二つの大きな彫刻の施された扉は「自ら」その扉としての役割を果たそうとしていたーー。


「ーーーー」


 そうして十数メートルはあるであろう両開きの扉が開き、奥の部屋に閉じ込められていたのであろう空気が雪崩れ出してくる。

 足元から、ゾワッと。思わず一歩後ろに退いてしまうほどの「なにか」が。


「……燈」


 その空気から逃げるように肩によじ登ってきた結梨がその目を奥の部屋へと向ける。


「ああ……」


 僕自身、柄にもなく緊張していた。ごくり、と息を飲み、神経をそこに集中させる。

 猫の目ならばその部屋に、いや大きく「開いた空間に」鎮座する物体をハッキリと見えているのだろう。

 徐々に目が慣れていく中、ゆらゆらと青い炎によって浮かび上がる姿を僕も捉え始めていた。


 分かっていた、何処かでこうなるんじゃないかってのは気付いていたーー。

 それでも尚、息を飲み、緊張せざるえない圧倒的な存在感がそこにはあった。

 憧れていた。何処かでこう言う出会いを求めていたーー。

 そして魔法に引き続き、僕はその存在に出会うことになった。


「……あかいドラゴン……」


 部屋の中には巨大な、……地下とは思えない大きな空洞の中の中に地上の祠ほどある身体をした「ドラゴンが」こちらを睨んでいたーー。

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