◯ 7 登ったら降りなきゃいけないんです その8
なんなんだよこの脳筋システム。魔法があるのに筋力頼りっておかしいだろ……。
とか思わないでもないんだけど、魔力源が限られていて必要最低限しか魔法を行使できない状況で「魔法を相手にする」となると、魔法に対抗するほどの「身体能力を備える必要がある」ってことなんだろう。だとすればアルベルトさんの超人スキルにも納得がいく。
「……納得していいのかな、あれは……」
ウダウダ言ってても仕方がないので肩を鳴らしながら扉に手をやると、エミリアが不思議そうな顔でこちらを見上げた。
「ええっと……、押すのではなく叩くんですよ?」
「……叩く……?」
殴るの間違いじゃなくて?
なんだか物騒な思考回路になりかけてるのはこの体の持ち主うんぬん。
それは否定したので脇に置いといて、エミリアに「どういうこと?」と尋ねる。
「この扉は分厚くて、向こう側まで声を届かせるのは大変です。ーーですから、」
コンコン、と空いた左手でノックするかのように扉を叩いた。
「このようにしてお知らせするのです」
「……お知らせって……一体誰に」
そして一体何を……。
唖然とする僕をよそにエミリアは嬉しそうに微笑み、胸を張って見せた。
「この国の主様ですっ」
……。
対照的に僕の頭は考えることをやめていた。
あれだ、拳と拳で語らおうから始まったわけだし、この世界では考えるな感じろ精神なんだ、きっと。
深追いしたら怪我をする。なんとなくその場の雰囲気でなんとなく肉体言語で答えよう。うん、そうしようーー。
真面目に考えたところで無駄かもしれないと悟り、右足を下げて扉(というよりも壁)を殴り飛ばす準備をしたところで「ばっかじゃないの」といつも通り、結梨から冷めたツッコミが飛んできた。
「力任せでどーすんのよ。頭使いなさいよアタマ。あんたはそういうタイプじゃないでしょ」
「……え……でも……、」
「もしもーし」
呆然とする僕の前で結梨はコンコン、と扉をノックし声をかける。
「……」
そういえば祠の扉を開けたのも実質は結梨みたいなもんだ。
もしかしてこの扉も……、
「……ほら、あんたもやりなさいよ。私の声じゃ聞こえても『伝わらない』んだから」
「あ、そっか」
僕も習って扉をノックする。もしもーし。
エミリアは不思議そうな顔をしているが思えばこんな重い扉を力技であけようとする方がおかしい。
中に誰かいるなら鍵だって閉まってるかもしれないし開けてもらえればーー、
「鍵なら先ほど、お主らが開けたじゃろう」
……なんか聞こえた。
「あー……? お……?」
もしかして結梨がふざけたのかと思って顔を見合わせる。……見合わせたってことは僕らじゃない。
エミリアに振ってみると「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「エミリア……?」
「いっ、いえ! 私じゃないですよ!? 主様です!!」
「主様……」
再び沈黙を見つめると声は続いてこない。
「えーと……主様……?」
こちらの声が聞こえてるのだろうか。
少なくとも向こう側から聞こえた声はとても鮮明だった。
とても扉越しに聞こえたようには感じず、直接脳内にでもーー、
「察しがいいな小娘」
「……」
面倒くさいタイプが待ってるんだなー……。
「二人にも聞こえてるんだよね?」
確認を取る。エミリアは嬉しそうに頷き、結梨は驚きながらも小さく頷いた。
脳筋だとかなんとか考えてたけどちゃんと異世界してるじゃないか……。
どうやらこの扉の向こう側にいる「主様」とかいう人は、他人の頭のなかを読み取り、さらに「頭の中に直接」話しかけられる力を持っているらしい。
ある意味チートだ。主様とか言われるのも頷ける。他人の考えが読めるなら支配するのも簡単だろう。
『考えを巡らせるばかりで体を動かさぬーー、愚か者のすることじゃぞ』
「脳筋は良くないって叱られたばかりなんだよ」
というか、人の頭の中を覗いておいて文句を言うなんて図々しすぎるだろうヌシ様。心狭くないか。
『聞こえとる』
「聞こえるように言っとる」
「あかり?」
「はぁー……」
結梨が怪訝そうに首を傾げるけどなんだか急に面倒になってきた……。
ここまで気を張ってきた反動か、急に緩い空気にやる気が削られて、僕が真剣になってたのがバカみたいに思える。いや、そんなことはないんだろうけどさ……なんていうかーー、
「状況わかってるのか、この主様って」
「どうでしょう……? この国の事は把握していらっしゃるはずですが、なにぶん高齢なもので……」
「「おい」」
……奇遇だな主様、いまハモったぞ。
「とりあえず押せば開くのか?」
……主様から返事はないっと。
うぃーっと扉を押してみるけどビクともしない。
心なしか扉の向こう側から笑い声が聞こえた気がした。
「……ちょっと退け、エミリア」




