◯ 7 登ったら降りなきゃいけないんです その3
洞窟の中は明るかった。
石の壁に松明でもあるのかと思っていたけど、当然ながら誰も管理していないんだからそれを刺すところはあっても火種はない。
しかしぼんやりと足元の石畳が光り、周囲を浮かび上がらせている。
……これも何かの魔法なのか……?
足を止めて振り返ると「歩いてきたところ」は光が消えていた。
どうやら僕たちが向かう先に向かって光は点灯していくらしい。緩やかに下っている先まで見えるが、奥の方は闇だ。
何かが飛び出してくるとは考えづらいけど一応警戒しながら進む。
比較的丁寧に作られているようで躓くようなことはなさそうだけど、それでもなにがあるか分からない。
しかしエミリアとクー様は呑気なもので鼻歌交じりに歩いていた。
「楽しみだねクーちゃん?」
内証話でもするかのようにクスクスと笑いながら進んでいく。
一本道。地下に向かって一直線だ。軽く左側に曲がっているような感じもする。ぐるぐると螺旋状に下に向かってる……? かといっても緩やか過ぎてどれだけ曲がっているのか、どれだけ降ったのかも分からない。けれど不思議と不気味さはなかった。
「ねぇ、ユーリ。どう思う」
「ゆ・う・り。……どうって何がよ」
声を抑えたのを察してくれたのか結梨は肩まで登ってくる。
「罠とかあるのかな。もしくは待ち伏せとか」
「動物があの扉開けられるとは思えない。……待ち伏せされてたとしてもこんな一本道じゃお互いにやりづらいでしょ」
「それもそうか……」
道自体は人が二人並べば少し狭く感じるほどの広さしかない。
天井も思いっきり跳べば触れられるほどで確かに襲うにしても剣は振り回せないだろう。
もしもナイフなんかを構えて突撃されたとしても身を隠せる所はないし、十分な距離をとって発見できる……かな。
「……なによ。そんなに心配?」
「ん……まぁ……うん……」
自分でもなにがそんな不安なのか分からずにいた。
さっきの見られていた感覚が残っているのか、それともこの建物の雰囲気がそうさせるのか……。
ーー……落ち着かない。
気にしすぎだというのはわかる、でも何か忘れているような……そんな感覚がつきまとって気が散った。
なにがそんなに気になるのか分からない。
当然ながら一度も来たことはないし、向こうの世界の何かに似てるってわけでもないーー。
うーん? と頭をひねって魔導書の中の知識だろうかと考えてみるけど取っ掛かりは見つからなかった。
「ここって大昔からあるんだっけ?」
先を行くエミリアに尋ねると自分のことのように嬉しそうに答えてくれた。
「はいっ、我が王国はこの地より始まったと聞いております。この地でかの黒の魔導士と共に初代国王はドラゴンと契約を交わし、国を起こしたそうです」
「黒の魔導士とその初代の国王さまとはどういう関係だったんだ?」
「さぁ……? この地に混沌が蔓延し時に黒の獣を従えし魔導士が現れ、とある青年に啓示をもたらしたそうなんです。『そなたは神を従える力をも秘めている』と」
「神ねぇ……」
「ドラゴンは神獣の一つとして扱われることもありますから……」
確かに他の生物とは一線を画している感じはある。この世界の動物たちは向こうの世界のものとそう変わらない。
カラスの羽が多かったり、狼の牙が異常に発達していたりと「生物が進化する上でありえたかもしれない」と思える程度だった。
しかし、ドラゴンはーー、
「クゥ?」
「いや、かっこいいなって」
「クゥッ!」
ホワードと祭られ、目の前にいるクー様は「そういう常識」とは違うところにいるような気がする。
魔法や神話、そういった異世界の部分だ。魔法が現実となった今でもそう思うのだからこちら側の人たちからすれば遥かに神聖な存在なのかもしれない。
エミリアに懐く姿は猫か犬だけど。
「……猫が神獣って言われてるのもそれはそれで不思議なんだけどな」
「牛や豚が神の遣いってところもあるから、それもアリなんじゃない?」
「……まぁ……しゃべるしね、ユーリ……」
向こうの世界に帰っても喋る猫なら神扱いされそうだ。
もっとも、結梨の声が聞こえるのは僕だけっぽいけど。これはあの転移魔法の効果と考えるか、それとも黒の魔導士と黒の神獣の間に交わされたなんらかの契りと考えるかーー。
どちらにせよ、考えたところで答えは出ない……か。
「ドラゴンが神獣だってのはわかったんだけどなんでそのドラゴンに狙われてんだ?」
「…………」
「……ん……?」
エミリアから返事はない。僅かに肩がこわばったように見えたから聞こえてはいるはずだけど……。
「バカ」
「え?」
結梨がため息まじりに吐く。
「……もしかして聞いちゃいけないことだった……?」
これは結梨に聞いたことだったけど答えたのはエミリアだった。
「いえ……、向き合わなくてはならない問題だとはわかってますから……」
苦しげに浮かべた笑顔が痛い。
クー様が肩で気遣い、それに「平気だよ?」と首をかしげる。
僕は結梨に目をやって「ばーか」二度目のバカを頂戴してしまった。




