◯ 6 魔導少女は近接戦闘の夢をみる その12
「……それにしても、だ」
と、改まって岩に座り直し襲ってきた野生動物たちを眺める。
どいつもこいつも、もはやただの肉だった。あの変な黒いオーラは蒸発するように空に消えて、ただの動物の死体が転がっている。焼け焦げてしまっていて匂いもきになるけど、ここにこのまま放置して行っていいものなんだろうか。一応神聖な場所らしいけど。
「自然と朽ちれば野へと帰りましょう」
「そういうもんか……」
なんだかさっぱりした回答を寄越すエミリアに首をかしげる。
まぁこの世界の人たちは随分地に根付いた生活を送っているようだったから、こういうことに関しては寛容なんだろう。たぶん。元の世界でなら役所とかに連絡して死体を回収してもらわなきゃいけないし。
「ふーむ……」
あぐらをかいてそいつらを眺める。眺める。眺める……。
見たところ「狼っぽいやつ」と「猿っぽいの」、あと「鳥らしいの」だ。
動物図鑑でもあればなんとなく探すこともできるんだろうけど、たぶん載ってない。向こうの世界では生息していないであろうことがなんとなくわかる。その特徴が先天的なものなのかはわからないけど……。もしかしたらあの「黒い靄」に取り憑かれて「こうなった」のかもしれないし。
囲まれた時に感じていた異様さは死体からは発せられていない。
襲われていたからそう感じたのか、それとも「覆っていた靄」がそうさせていたのか……。
「こっちの生き物は全部こんな感じなのか? それとも『良くないもの』の影響?」
「ええっと……凶暴化しているのは影響を受けているからだと思います……」
んー……微妙にかみ合ってない……。
とはいえ、結局「良くないもの」が喧嘩を売ってきてるのは間違いないらしい。
……ドラゴンか。
僕の肩に舞い降りてきたクー様が小さく鳴き声を上げ、そんな様子を可愛らしくも思う。
夢にまで見たドラゴンだ、惚れ惚れするようなフォルムは素晴らしい。
そんなクー様が、ドラゴン一族がエミリアを殺そうとしているとは思えなかった。
エミリアと僕を交互に見比べるクー様は到底争い事とは無縁そうに見える。
先ほどは勇敢にエミリアを守ろうとしていたけどさ。
「それであのぉ……アカリ様……? そろそろコレ、どうにかしていただけませんか?」
「ん?」
「いつまでも輪っかの中にいてはアカリ様の傷も治すことが出来ませんし、クーちゃんも落ち着かないようですし……」
「それなぁ……」
エミリアが困っているのもわかる。実際僕も困っていた。
さっきに感電での麻痺はだいぶん取れていてもう平気なことは平気なんだけど、果たして「結界を解いてしまっていいのか」。
魔導書に書かれていた魔法はどれも強力でさっきぐらいの魔獣(暫定的にこう呼ぶ)ならなんとかなるんだけど、問題はそれを扱うのが僕ってトコだ。ボディガードが大変なのはわかっていたけど予想以上だった。
「できればそのままいて欲しいんだけど……やだよな……?」
「……はい……」
流石のエミリアもうんとは言ってくれない。そりゃそうだ、「何かが領域に入ってくるたびにそれを弾き飛ばす」のだから。
まるでコンビニの屋根下に設置されてる害虫取りみたいに落ち葉や石が転がってくるたび「バチバチ!」と音を立てるのだ。鬱陶しい事この上ない。
「んぅー……」
でも本当に「解除してしまっていいのか」。
腕の傷が目に入る。……下手したらエミリアにこの傷が付いていたかもしれないと思うと過保護にならざるえない。
「心配していただけてるのはわかります……しかし、この程度の試練ーー乗り越えずして『正当な巫女』として認められるでしょうか?」
「……試練っていうけど……命を狙われることも儀式に入ってるのか?」
「……いえ……」
これは流石に意地悪だったと思った。
子に疎まれる親の気持ちってのはこーいう感じなんだろうなぁ……。
パパじゃなくてママだけど。この体だと。
「わかった。“解除する”」
パチン、と指先を鳴らすと天使の輪は消え、クー様が嬉しそうにエミリアの肩にに止まった。
「はぁ……」
なんだかんだでその姿を見慣れてるわけで。
二人の仲を引き裂くのは得策じゃぁないな……。
「アカリ様っ」
トテトテと距離を置いていたエミリアがやってきては腕を差し出すよう促す。
何をしようとしているかは言うまでもない。
エミリアが呪文を詠唱し、クー様がそれに沿ってブレスを吐き出すと僕の『傷口は』燃え、炎が消える頃には完全に治っていた。
「何度見てもすごいな」
「いえいえそんなっ……! アカリ様の方がとんでもないです!」
「そうか……?」
「はいっ……!」
そうも自信満々に言われると何だか自信もつく。
……というか、本当に?
僕の知識はあの魔道書だけだから「ドラゴンと一緒に魔法を使う」なんて発想はなかった。
見たところ魔力限を生み出しているのはクー様で、エミリアはそれを使って魔法陣を描いているように見えたけど……。
「そもそもアンタ、どうやって魔法陣書いてるわけ?」
「へ……?」
頭の中を見透かしたように結梨が尋ねてきた。
「バンバン魔法使ってるけど、魔導書はないんでしょ? どーなってんのよ、それ」
「どーなってんのって……全部暗記してるからそれを描いてるだけだよ。……頭の中で」
「…………」
猫の顔でも心底軽蔑する表情ってできるんだーって思った。
自分から聞いておいて何やら気に入らなかったのか、ていうか「気持ち悪い」とでも思ったのか結梨はドン引きする。
「マジで言ってるの、それ」
「嘘言ってどうするのさ」
「うわー……」
何も不思議なことじゃない。魔導書を翻訳する上で何度も何度も読み返したし、図形を理解するために模写もした。
翻訳作業は暗号の解読と同意義で、古典部に入ってからの大半の時間をそれに費やしたと言えば当然の結果だろう。……だよね?
「だからほら、例えばーー、」
指先を宙で振るい、小さな魔法陣を一つ描くとそれが「ぽんっ」と音を立てて消滅し宙に
「魔導師の一式セット」が姿を表す。
「この通り」
「……魔導師っていうよりマジシャンじゃん……」
「そうかな?」
出てきたのは魔法使いがよく被ってそうな三角帽子に黒のマント、あとは装飾が控えめな『魔導の杖』だ。
「どう? 似合うかな?」
「……むかつくぐらいね」
帽子をかぶると何だか本当に「魔法使い(もしくは魔導師)」みたいだった。こんなことな
らもっと早くから出しとけばよかったな……?
「……本来魔法とは人が使えるものではないのです……」




