◯ 5 幼馴染と過ごす一夜
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「ふぁーっ……疲れたーっ……!!!」
ぼすんっとベットに倒れ込むといい感じに体を包むこむように沈んでそのまま眠ってしまいそうだった。
「何か色々ありすぎだよなー今日1日……」
教室の椅子に座って授業を受けていたのが遥か遠い昔のことのように思える。
……いや、遥か遠くの別の世界の話なんだけど。
「なんてゆーか、すごいわよね」
「まぁね……」
あてがわれた部屋はそれこそ泊まったこともないような高級ホテルの一室みたいな造りで、広い部屋にテーブルやソファー、ベットが悠々と配置され、豪華絢爛に、……それでいてうるさくない程度に着飾られている。流石に電気は通っていないらしく、明かりはロウソクだった。それでいて魔法か何かがかけられているのかゆらゆらと揺れても消える気配はない。月が雲に隠れてしまっているにもかかわらず、部屋の中を照らすには十分な光量だった。
「そういえばさ聞いたら東の方に日本っぽい国があるんだってさ。で、あの温泉とこの浴衣」
「ふーん……」
流石に結梨の制服をそのまま着るわけにもいかず、服は借りることにした。
姫姉妹はいわゆるネグリジェ?とかいう可愛らしい寝間着だったのに「なんとなく似合いそうだから」という理由で浴衣を貸し与えられた。……確かにこの体は日本人の体型によく似ているらしく、着てみると「あらまぁっぴったり!」だった。
「何かムカつくわ」
「僕も複雑な心境なんだから許してよ……」
着替えはもちろん、髪のアフターケアに至るまでまるで人形のように遊ばれてしまった。
自分の体とはいえ、女の子のそれをまじまじ見るのは気恥ずかしいからちょうど良かったと言えば良かったんだけど……。
「ハァー……」
実際のところちょっとなれないんだよな、この体。
男と女でこうも勝手が違うものかと思い知る。あちこちプニプニしてるし、ふにふにだし、むにむにだし……。
「なんだよー……」
「その髪、鬱陶しいとか思ってるんでしょ」
まぁ……図星だった。
「だってさ、こうも長いと重いっていうか……髪乾かすのだって大変だったじゃん? いっそのコト、バッサリとーー、」
「ダメ! ばっかじゃないの!?」
「はぁ……?」
ぴょんっとベットに飛び乗ると(猫は猫なりに)頬を膨らませて結梨は僕を睨んだ。
「その体が『本当の黒の魔導士さんのもの』かもしれないでしょ? それなのに髪なんて切ったら可哀想じゃない!」
「いや、その体で決闘させたの誰だよ」
「私は何も言ってないわよ?」
……止めなかったのは事実だろ。
なんていうと倍になって返ってくるので大人しく従うことにした。
「まー……その件はエミリアが治してくれたからよかったってことにして……」
うーん……まさかここまで噛み付かれるとは思ってなかった。
「やっぱ髪って大事なもんなの」
「当たり前じゃない!」
「そっか……?」
そういえば結梨もずっと髪伸ばしてたな。小学校の頃からずっと……?
剣道の面被るのに邪魔そうだったから「切ったら?」て言ったら同じように怒られたのを思い出して「おせえよ」と自分に舌打ちする。あれ以降、結梨に対して髪の話題は地雷だったんだ。
「でもやっぱりこれって誰かの体なのかな」
だから地雷原を避けようと思って話題の矛先を変える。
割と気になっていたことでもあるし。
「でもそうなんじゃないの? あんたは世界が一周回ったらそうなる事も有るかもしれないけど、私なんて猫よ猫。何をどーすりゃそうなるのよ」
「いや、何となく似合ってるけど……」
「は?」
「何でもありません」
猫が嫌いだったわけではないと思うんだけど。……確かブックカバーとか猫の絵が描かれてたりしたし。
「まぁ……悪い気はしないんだけど」
どっちだよ。
「なんていうか落ち着かないのよ……その……服着てないから」
「あー……」
なるほど。そういえばそうか。
「ていうかもしかしてお風呂で怒ってたのってそのこと? 僕が『誰のものかもわからない体をジロジロ見るのがダメだ』って言いたかったの?」
「それもあるけどッ……!!! もういいっ!」
「はー……?」
ご機嫌斜め姫の心を読むのは幼馴染といえど難しい。
これが妹だったら素直で分かりやすいのになー……。二言目には「死ね!!」だし。基本的に見て見ぬ振りされるし。
「とにかく、本当の持ち主が困るようなことはしないことっ! わかった!?」
「わかった……」
髪が長いのは……まぁ髪ゴムか何か借りて縛っておこう。長いって言っても結梨ほどじゃないし、肩に掛かるぐらいだから我慢できないほどでもないし……。
「それで? 元に戻る方法にアテはあるの?」
「んー……どうだろ……」
とりあえず試すにしても落ち着ける場所に着いてからだと思ってたし、試すなら今がそのときなのかもなー……。
まぁ、無駄に終わる気もするけど。




