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◯ 3 少女に腹パンする紳士 その6

「どうかしたのか?」


 待っていてもラチがあかないので尋ねてみる。するとおずおず、緊張した面持ちでエミリアが口を開いた。


「怪我……していらっしゃるようなのでその……」

「……?」


 救急箱を持っているようには見えないけど……。医務室に案内してくれるのかな。


「エミリアは『そのままではお風呂に浸かった時に痛いから治してあげますよー』と言っているのですわ?」

「違うっ……!」

「だよな、で、医務室はどこなんだ?」

「うぅ……」

「……んぅ……?」


 何か言いたいようだけど言えずに俯いてしまってエシリヤさんに助けを求める。

 出来た姉は面倒見が良いらしくそっとその小さな背中を押して「治して差し上げるのでしょう?」と先を促した。


「少しだけ……じっとしていてください……」

「あー……うん……?」


 そういうとエミリアは少し距離を取り、両手を僕にかざしてブツブツと何やら詠唱を始めた。

 その傍らでクーちゃんは羽ばたき、じっとこちらを見据えている。……って目が合った……。残念ながらクーちゃんの言葉は分からないんだけどただ何となく「そこを動くな」って言ってるのはわかる。


「んぅ……」


 結梨に振ってみるけどユーリはユーリで傍観に徹してる。

 ベンチに座ってこちらを気にはしているようだけど知らんぷりだ。


「ツンデレユーリ」

「……!」


 ぼそりとこぼしたつもりだったけど咄嗟に殺気が返って来て体が跳ねた。

 どんだけ地獄耳なんだよほんと……!


「喰らい尽くせ、救済の炎(くーちゃん、ブレス)!」

「!?」


 突然、エミリアが言い放ち目を見開いたかと思えばクーちゃんが思いっきり青白い炎を吐いた。

 それは一瞬で僕の視界を覆い尽くし、


「アチっ!? うォっ!? 燃えるっ……!!?」


 体のあちこちに引火する。


「うふっ、うふふ。黒の魔導士さまと言えどドラゴンの炎は初めてですか?」

「何を悠長な……?!」


 と、そこまで一通り慌ててから「熱くない」ことに気がつく。

 体の変化に伴う痛覚の違いかと思ったが本当に「熱くない」。

 むしろ手でそっと押さえられているかのような「暖かさ」を感じる。


「……なんだこれ……」


 そして次第に炎は小さくなり、それが消える頃には全身にできていた擦り傷や切り傷が綺麗も消え失せていた。


「……すげぇ……」

「エミリアが龍の巫女に選ばれる所以ゆえんですわ?」

「へぇ……」


 当の本人は「ありがとクーちゃんっ」と小さな白いドラゴンと戯れており、自分がすごいことをしたという実感はあまりなさそうだった。


「アルベルトも治してもらったらどう?」

「鍛慣れておりますから平気です」

「あらそう?」


 よくよく見れば武人らしく傷だらけだ。

 その傷の中に感電がこれまで含まれていたのかは謎だけど……。


「一応手加減はしたつもりですけど……どこか異常が出たらお医者さんに……」

「気遣いは無用です。ーーさ、お部屋の用意なら先にしておきましたからこちらへ」

「ああ……はい……?」


 執事なのか元騎士団長なのか計りかねるなこの人……。


「お待ちになってアカリ様。それにアルベルト? お部屋の前に案内するところがあるでしょう?」

「ん……?」


 そのボロボロの広い背中についていこうとしたところでエシリヤさんの楽しげな声が響いた。

 同時にアルベルトさんが小さくため息を溢すのも聞こえる。


「……姫様。物事には順序というものがーー、」

「あるのでしたらまずは事を済ませてからですわ?」

「はぁ……」


 争っても無駄だとわかっているのか最小限に会話はとどめ、アルベルトさんは「こちらです」と踵を返した。


「……? エシリヤさん、あの……どちらへ……?」

「決まっておりますわ?」


 軽いステップで追い抜き、僕の手を取る彼女は何処か嬉しげで。

 そのことが嫌な予感しかさせず、頬を引きつらせながら次の言葉を待つ。

 すると案の定、



「お風呂ですっ」



 ーー最悪な答えが返ってきた。

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