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◯ 3 少女に腹パンする紳士 その5

「っ……ははっ」


 そうして僕は笑う。

 目が眩みそうな程の衝撃に、肺の中の空気が全て押し出される感覚に、自然に笑みがこぼれていた。

 

「ぅらぇっ……」

「ーーーーなっ……」


 彼は彼なりに何かを察したのかもしれない。

 恐らくは視認ではなく直感でーー、しかし、もう遅い。

 ざまあみろと僅かばかり声を絞り出してあざ笑う。

 けれどそれはもはや音をなしておらず、また次の瞬間には掻き消された。


 ーー青い稲妻が、『俺の体を通して』アルベルトさんに感電するーー。


「ダッ……???!!!」

「っ……!!」


 直接流し込まれた電流に流石の元王国騎士団長様も驚きを隠しきれないらしい。

 正直、この特別製とも言える体じゃなかったらこんな方法は取れなかった。

 文字通り捨て身の一撃で、痛みに強く、何発も気絶しそうなほどに重い突きを耐えられるほどの頑丈な『この身体』だったからこそ取れた方法だ。元の体では僕自身が耐えきれなかっただろうーー。


 ーーってこー、とー、でっ……!

「っらッ……お返しの一撃だ……!」


 バチバチと自分の身体が感電しているのもおかまい無しに電気信号の麻痺によって動きが一瞬止まったアルベルトさんに拳を打ち出す。

 魔導少女、もとい魔法少女としてはちと荒っぽい一撃にはなるけど杖も何もないんだから仕方がない。

 拳を握り、結梨の爺さん直伝の構えから腰を入れて打ち出すッ……!!


「覚えとけ……!! 女子の一撃は3倍返しなんだぜッ……!!?」


 ズドンッ! と頬を殴り飛ばす。


「ぐっ……!!!」


 流石に漢を見せるらしくその瞳はこちらを睨んで離さない。

 けれどこちらとしてはそれどころじゃなかった。

 重いっきり腕を突き出しておいてなんだけど、自分で展開した魔法陣ことを完全に忘れていた。


「……あ、すまん」

「……?!??!?!」


 そうしてようやく狙いを捉えた雷撃の数々が時間差でアルベルトさんを次々と撃ち抜く。


「きゃぁああああああ」


 あまりの衝撃にエミリアが悲鳴をあげ、「あらあらまぁ」エシリヤさんは感嘆の声をあげた。


「あー……」

 ズドドドドドとそれまで避けられ続けていた恨みを晴らすかのように乱舞する雷竜ダンシング・ライトニング・ドレイクはその逞しい体を貫き続けた。


「……スネークバイトの癖にドレイクってあの魔道書いい加減なんだよなー」

「いや、そうじゃなくてあんた……やりすぎでしょ……」


 ちなみに結梨はドン引きしていた。


「……ああ……うん……」


 もちろん僕もドン引きしてた。


「…………」


 正直戦いになると頭が熱くなっていけない。

 あのじーさんに散々仕込まれたのを体は覚えているらしく(体が違うから変な話だけど)、アルベルトさんとの手合わせの最中、ちょっと僕らしくなかった気がする。……いや、だいぶ好戦的だったというかあの……頭に血が上ると怖い怖い。正直ドン引きだー……。


「うーん……? ……生きてるよねぇ……?」


 恐る恐る砂埃の中にアルベルトさんの影を探す。

 粉々になってなきゃいいけど……。

 ていうか、魔道書の中に蘇生魔法はなかったと思うから生きていてもらわないと困る。

 記憶喪失だから殺人が許されるとは思えないし、許されたとしても夢見が悪すぎる。

 もくもくと砂ぼこりが舞い散る中、確かな手応えを感じている右手を開いたり閉じたり。うぬぬ、手応えありすぎた。


「むんっ」

「わぁお!?」


 突然後ろに立った気配に飛び上がった。


「ごほん」

「あー……あ……ああ……?」


 振り返ると砂まみれでボロボロの……、いわゆる満身創痍なアルベルトさんが背筋を伸ばしてピシッと立っていた。


「……自分の足で立ってますよね……?」

「ええ、もちろん」


 冷静に、あくまでも事務的に言葉は返って来る。

 ただそれがなんだかとても怖い。

 みたところ足はある。取り憑かれたわけじゃない。だけど、


「……怒ってます?」

「怒っていません」

「怒ってますよね」

「怒っていませんよ?」

「絶対怒ってますよね?!」

「怒っていませんってば!!! それよりもお嬢様!? 何者ですかこの娘は!!!」


 やっぱり怒ってる……!!!

 すごい勢いでエシリヤさんに噛み付いたアルベルトさんは作法の行き届いた執事というよりも、執事服を着た「元騎士団長」と言った感じだった(服はボロボロだけど)。多分、こっちの方が素なんだろう。姫様相手に掴み掛かりはしないものの、なんだかすごい剣幕で怒鳴り散らしてる。

 文字通りの「落雷」を食らわせておいてこういうのもなんだけど、喧嘩を売ってきたのはそっちなんだけどなぁ……。


「アルベルトが黒焦げになったのはさておき、アカリ様が相応の実力の持ち主であり、魔法陣も詠唱も無しにそれを操る伝承の黒の魔導士様であるーーということは伝わりましたか?」

「何かのご冗談かと思っておりましたが……あまり認めたくはありませんが……、……そのようですな。容姿こそ何処ぞの町娘か娼婦ですが」

「娼婦てあんた」

「ならもてなしの準備をっ」

「……はい」


 あ、僕のツッコミは完全無視だ。


「……しかしですな姫様、この時期に客人というのは」

「この時期にだからでしょう?」

「そうはおっしゃいますが……」


 何やら揉めているようだけどその前にアルベルトさんの服とかをどうにかするのが先なんじゃないかとも思う。お互いボロボロだし。いくら異世界人とは言えど人間の仕組み的には僕らの世界の人と大して変わらないようだ。だから傷口からばい菌でも入ったらーー……、……ん?


「なんだエミリア」


 なんとなく成り行きを眺めていたら恐る恐るといった風にエミリアがそばに寄ってきていた。その肩にはクーが止まり、彼(彼女?)に促されて来たらしい。横に並ぶと本当に女の子になってしまったんだなぁと実感する。隣にいるのが妹じゃなくてほんとによかった。……お兄ちゃんのプライドがズタボロだ。


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