◯ 3 少女に腹パンする紳士 その3
どうやら城の中は広いようで通された中庭に至るまでにその構造を把握することは出来なかった。
「勝負は一本勝負、先に一撃入れた方が勝ちということでよろしいですかな?」
そしていま僕はその中庭の中央で執事服をきたおじさんと対峙している。
「えっと……、え……?」
辺りは夕焼けに染まり始め、カラスが空を飛んでいた。
……あ、カラスはいるのか。
でもよく見たらカラスの声をした別の生き物だった。カラスっぽいけどなんか違う。あー、羽が4枚あるんだ。なんだあれ。
「なにやらそこの愚息に変わって姫様を助けていただいたようですが、果たしてその実力本物であるか否か確かめさせていただけますかな?」
背筋を伸ばしたまま手袋を直しながら微笑み、そっと足を下げて構えて見せた。
「確かめるも何も……俺たちはただこの街のことを教えてもらえればそれだけでいいんだけど……」
「素性も分からぬものが姫様達と行動を共にしておったのです。不審に思っても仕方がないと考えませぬか?」
「それはまぁ……そうだけど……」
ちらりとエシリヤさんに助けを求めてみるけれど完全に観戦モードらしく、ベンチに腰掛けたまま手を振り返してきた。エミリアも心配そうにはしているが「頑張ってください!」と顔に書いてある。
ーーやるしかないのかぁ……。
なんだか結梨のじいちゃんに付き合わされて道場でしごかれたのを思い出す。
脳筋馬鹿までとは言わないけど、武道の心得のある人って誰とでも拳を交わせば分かり合えると思ってるから厄介なんだよなぁ……。
できれば、この執事さんがしつこくないことを祈りつつ、竹刀は持っていないので適当に構える。
残念ながら空手や柔道の経験はないからほんとうに素人の喧嘩殺法に、
「何を考えておるのですかな?」
「ーーーーッ!?」
執事服が一瞬ブレたかと思ったらすぐ目の前で言葉が流れて聞こえた、遅れてきた風圧と直感的に「危険だ」という全身の悲鳴が反射的に顔をのけぞらせ、即座に顎を狙った掌底打ちが突き抜ける。
「はっ……」
「ーーほぅ」
驚愕と驚き、それも僅かな間だった。即座に次々と執拗に顎を狙っての突きが繰り出され、それを間一髪のところで躱し続ける。右へ左へ、若干目が慣れたところでカウンターに膝蹴りを入れようと足を蹴り上げたが、重心が前に移る頃にはアルベルトさんの姿は遠くへと戻っていた。
「くっそっ……」
「ふむ。不意打ちの一撃を躱したものは早々おりませぬ故、確かにそれ相応の実力をお持ちのようで」
「そりゃどーもっ……」
正直ギリギリだった。
頭で判断したっていうより体が反射的に動いてかわせたって感じだ。
見てから動いてたんじゃ今のでやられてた気がする。……にしても、
「……動きやすいな」
なんとなく長時間歩いていて思ったのだけど、この体の身体能力はかなり高い。
長時間歩いたというのに疲れも然程感じていないし、今の動きに体が反応できたのも身体のスペック故だと思う。
もし現実世界の「僕の体」だったら間違い無く顎を撃ち抜かれて倒れていただろう。
……魔法が使える体ってだけでも驚きだけど、なんかこう色々調べてみないといけないかもなーー。
無論、変な意味合いではなく。
「アルベルトは以前、王国騎士団の団長を務めていたこともあるんですよー?」
膝の上に乗せた結梨を撫でながらエシリヤさんが楽しげに教えてくれる。
「その実力は五大大陸の王国すべてに轟くほどだったんですからっ」
「へ……へぇ……」
正直聞きたくなかった。
「退役してからは剣も置き、今では姫さまがたの身のお世話と警護を任されておりますが故……身体も鈍っておりますのでお手柔らかにお願いいたします」
「いえ、こちらこそ……」
もう逃げ出したい一心なんだけどここで逃げたら怪しまれるし、折角お城に入ったのに不審者扱いは御免こうむりたい。
何より、結梨が「負けたら殺す」って睨んでるから逃げられない。
……やー、無茶だよこれ……。
仮に逆の立場だったら結梨だって「ばかばかしい」って投げ出す癖に……。……いや、結梨だったら嬉々として手合わせしようとするかな……。バーサーカーの異名を持つ剣士だったし。部員全員に恐れられてたし。




