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09 学校という名のダンジョンをソロで探索する

 五分か、もっとか――。

 ひとしきり放水し終えると、鎮火したと判断したのか、防火用水が尽きたのか、スプリンクラーは沈黙した。


 俺はビニール袋からスマホを取り出し、ついさっき作った作戦用グループにテスト送信を試みる。

 端末自体も回線も生きていることを確認し、次は装備の準備に取り掛かった。


 横倒しになった掃除ロッカーからゴム手袋を取り出し、両手に装備。色がピンクだし、ゾッとするほど格好悪いが、見た目を気にしてはいけないというのをネトゲで学んでいる。

 そう、頭に胴体、手、足と、それぞれ別のシリーズの装備から性能の良いものを身につけていくと、狙っても決してできないようなファッションが完成する。

 両手両足が革のシリーズなのに上半身は裸で下半身はパンツ一丁という変態みたいな格好になったり、目が痛くなるようなドギツイ配色になったり。

 それに比べたら、カッターシャツにズボンにピンクのゴム手というファッションくらい、どうということはない。

 いや、それ以前に緊急時だし。


「今から俺が戻ってくるかラインでいいというまで、絶対に机から降りるな。床や壁に触るな。どんなにデカい音がしようと、眼前までバケモノが迫ろうと、絶対。守らないと死ぬからな?」


 それからもう一つのゴム手を黒帯に手渡し、今回の作戦のキモを伝える。

 そして俺は、ライターを一つ借り受け、モップ片手に教室を出た。


 これがゲームなら、ダンジョンの中のセーブポイントから足を踏み出したような状況か。スプリンクラーの水で床がビシャビシャなのも、それっぽい。

 さて、もうどこからモンスターがエンカウントしてきても不思議はないぞ。

 俺はまず、四階を目指した。もちろん、例の巨大なバケモノと鉢合わせたくないので、奴の進行方向とは逆側の階段を利用する。

 濡れた服が動くたびにいちいち肌に張りつき、俺の前進を妨げる。移動速度マイナス二〇といったところか。バケモノとの追いかけっこになったら、勝てる気がしない。


「誰かいるか? 生きているなら手拍子でも口笛でもいい、リアクションを頼む」


 バケモノの注意を引き付けるのを承知で声を上げながら、まず図書室に入った。

 いくつかの本棚が倒れ、それ以上に大量の本がブチまけられている。当然、スプリンクラーの水攻めに遭っているため無残な姿を晒していた。まるで、本の死体だ。

 念のため奥の書庫も見て回ったが、誰もいない。


 幸運にもバケモノと鉢合わせることなく、第一・第二音楽室と裁縫室、調理実習室も見て回ることができた。

 ついでに調理実習室で、背中のカバンに入るだけラップを詰め込んだ。

 本当は消毒用の酒やカセットコンロなど、利用価値の高いものはまだまだあったが、今は作戦の遂行を優先する。


 倒れた机や椅子、楽器の下。戸棚の中にも、ついに人の姿を確認することはなかった。

 四階は、オールクリア。

 安心して、今度は階段を二階分降り、二階に差し掛かる。


 ぶっちゃけ、二階はいろいろ酷かった。

 なんかもう……赤いんだよ、そこらじゅうが。あと、生臭かったりな。

 人の姿こそ見えないが、脱ぎ捨てられた――本当に脱ぎ捨てたのか?――制服があっちゃこっちゃに散らばっているし、破片になった……見ちゃいけないようなものが散乱していた。

 俺は首筋が寒くなって、上を向く。でも、他の階よりも足元がヌルヌルするから、転ばないように一歩一歩しっかりと歩かなくてはならない。

 すぐに俺は耐えかね、口呼吸にした。鼻を使わなかろうが、この淀んだ空気が俺の肺胞に取り込まれるのは動かし難い事実。けれども、こういうのは気持ちの問題だ。

 ついでに、目の焦点も微妙にズラし、常時ピンボケ状態をキープした。本当は眼鏡をかなぐり捨ててればいいのだが、いざバケモノとエンカウントしたときが怖い。


 そしてたどり着いた、一階。

 結論から言うと、もっと酷かった。

 と言うか、いた。バケモノが。

 デカい奴じゃない。中型犬くらいの、でも昆虫か甲殻類みたいなのが、赤いモノが小高い山みたいになったところにたかって、それを食っていた。

 深くは考えまい。

 奴らはお食事中だからか、俺の存在をスルーした。


 これは、精神にダメージを与えてくるとんでもないDOT攻撃だ。

 俺が発狂するのが先か、作戦が遂行されるのが先か。

 1-Aの教室を覗き、極わずかな生存者が全員机の上に避難しているのを確認し、無言でうなずく。

 そして、「そのまま」という意思表示に手で制するハンドサインを示し、次の教室へ。


 この教室は、扉どころか壁がなかった。

 廊下と教室を隔てるものが何もないのだ。

 そして……何かいろいろと散らばってはいるみたいだが、生存者はいない。


 そして1-Dの教室へたどり着く前に、俺はソロでラスダンの探検中偶然フレンドに出会ったような気持ちになった。

 学校を頭の中にマッピングしてあったはずだが、俺としたことが失念していたようだ――放送室の存在を。

 慎重にドアを開け、体を滑り込ませる。


 二畳あるかという窮屈な部屋なので、思ったとおりスプリンクラーはナシ。つまり、機材は無事だ。

 小学生のとき、四年生の一年間だけ放送委員をやっていた。もう操作方法などきれいサッパリ忘れていたが、オレンジのスイッチを押してランプを点け、ボリュームをしばらく適当に弄っていると、頭上のスピーカーから俺の鼻息が聞こえてきた。


「各自連絡が行っているかと思うが、再度通達。すぐに机の上に避難し、知らせがあるまでは絶対に壁や床に触れないこと。守らないと死にます。以上」


 今の放送で、バケモノが活発にならないとも限らない。ここからは、迅速に行く。

 1-Dの横の階段を上がり、2-Dの教室へ。ここはライターが手に入らなかったが、スプリンクラーは問題なく作動したようだ。

 ほっとして階段を降りようとしたとき――

 頭上で轟音が鳴り響いた。


 あいつだ――あのデカい奴が、階段を破壊しながら降りてくる。

 最短距離。

 俺は手すりを経由して、軽業師のように一階へ降りた。ちなみに、やれと言われても二度とできない。

 そのまま1-Dの教室へ駆け込む。

 たった一人の生存者は、言われたとおりに行儀よく、机の上に体育座りをしていた。

 一年の女子は、まだあどけない顔を花のようにほころばせた後、瞬時に無表情になった。

 きっと、俺の背後から迫り来るアレを見たんだろう。

 多分、無意識だ。彼女は思わず机から降りてしまった。ちくしょう、これでは。

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