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06 爆音と激震と

 何と言うかもう……ムチャクチャだ。

 俺は――俺たちは、縦横無尽に揺さぶられた。馬鹿でかくて低い音に、鼓膜を圧迫された。大声を上げて叫んでいる自覚はあるのに、その声が聞こえない。これが夢なのか現実なのか死後の世界なのかもよくわからない。

 誰に対してというわけでもなく、降参ですという気持ちしか湧いてこない。力の限り白旗を振り回したい。


 気を失っていて意識を取り戻したのか、それともようやく聴覚が復活したのか。

 俺の世界に音が戻ってきた。

 と言っても、好き好んで聞きたい類のものじゃない。

 すすり泣き、うめき声、痛みを訴える声。癇癪を起こしたようなキンキンや、吠え猛る声もする。


 のろのろと机の脚から這い出し、周りの様子を観察すると、今まで平和な世界でのうのうと暮らしてきた俺のような者には地獄と呼べる情景が見て取れた。

 ひたすら「痛い痛い」と繰り返しているのは、顔と言わず体と言わず、爆風で飛散した窓ガラスがダーツみたいに突き立った女生徒だ。

 吹き飛んできた椅子か机に頭をカチ割られて痙攣している男子生徒もいる。

 古くてデカいブラウン管テレビに腹部を押しつぶされたまま、ピクリとも動かない奴。

 そして、俺を含めてほぼ全員が打撲や裂傷など、何らかのケガをしているようだった。


「衛生兵。衛生兵!」こんなときくらい本名で呼んだほうがいいのだろうが、あいにく覚えちゃいない。「メディーック!」

「は、はいー!」


 意外に近くから応答があり、机をガタガタ言わせながらフニャフニャした女子が這い出てくる。うん、乳がつかえているな。

 彼女の大きすぎる眼鏡が無事なのを見て取り、俺は無言で力強くうなずいてやった。お互い、顔装備が無事で良かったな。これを不幸中の幸いと言うのだろう。


「見ての通り、負傷者だらけだ。手に負える奴だけなんとかしてやろう。俺も手伝おう、指示をくれ」

「い、イエス・サー!」


 ネトゲでもよくあるだろ。ボス部屋の前で全滅したパーティの死体が転がってること。

 もちろん、無視してボスに突っ込んだところで文句を言われる筋合いはないが、俺のようなオートリーダースキル持ちは、口コミや他プレイヤーの紹介でもっているところがある。だからそういう場面に出くわしたとき、自分のパーティのヒーラーに蘇生を頼む。

 今がまさに、そんな感じだろう。


「動ける奴は、自分のケガの具合を確認してから衛生兵に指示もらって動いてくれ」


 俺も、手の甲に突き刺さったガラスの破片をひっこ抜きながら立ち上がって言った。

 もちろん、結構な勢いで血が出てきたので、仕方なく舐めておく。貴重なティッシュペーパーをこれしきのことで使うわけにはいかない……そう思ってから、ちょっと笑ってしまった。

 今までなら、手にガラスが突き刺さって血が出るなんていうのは、立派な――というと変だが――ケガだった。少なくとも、それをダシに保健室行きを申し出て授業をサボっても咎められない程度には。

 目に映る情景も、置かれている状況も大きく変わったが、自分自身の価値観もまた大きく変わっているのを自覚した。


「えっと、刺さったガラスは埋まっちゃう前に頑張って抜いてくださいッ! 出血の量が多い場合は、清潔な布などの上から強く抑えて圧迫止血ですッ! それから、意識のない人は絶対に動かさないでくださいねッ!」


 俺は、遮るものがなにもなくなり、ただの枠になってしまった窓を見る。

 乾いたかぜが吹き込むと、ガラス片に八つ裂きにされたのか、吹き流しみたいな姿に変貌したカーテンがおどろに揺れた。硫黄とコゲたような臭いが運ばれてきて、思わず顔をしかめる。

 都心部が見えない。どんなに目を凝らしても、その存在を確認できない。

 そこらじゅうで火の手が上がっていた。だからなのか知らないが、空がオレンジ色をしている。遠くのほうでは例のデカい人間みたいなのが超スローで何体か動いている。上空には、いろんな形の何かが飛んだり浮いたりしていた。

 プロペラの音がして目をやると、機体にテレビ局の名前がついているヘリコプターが旋回していた――と思った直後、竜巻みたいなものが接近していって、すぐに墜落した。さっきのと比べたらかわいらしいとさえ感じられる、ささやかな爆発音。


 周りじゅう、敵だらけじゃないか。

 俺はあれか、キャンプ地を誤ったレベル上げパーティのリーダーか。

 混雑を避けてようやく見出したキャンプ地。しかしそこは、四方八方から敵がポップしては絡んでくる場所で、メンバーは休む間もなく戦い続けることを強制される。手を止めたらば、待っているのは死だ。当然、パーティメンバーのMPの消耗も速い。


 当初の予定が完全に狂ってしまった。

 一体俺は、どこへ行ったらいいんだ?

 ただ一つ確実なのは、デカいバケモノがいつ仕掛けてくるともわからないココを、一刻も早く離れるべきだということ。それだけは変わっていない。

 幸い、パーティメンバーは全員、大きなケガもなく無事だった。

 彼女たちを集め、俺は改めて宣言する。


「ゴタゴタしたが、出発しよう」


 窓に向かって歩き始めた俺の背に、硬質な声がぶつかって跳ねた。


「待って」


 振り返るとそこに、憔悴したナビ女の姿があった。

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