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07 何が起きたのか三行で頼む

 言われたとおり、俺はすこぶる落ち着いて聞いた。

 そしてゆっくり、言葉の意味を咀嚼する。宿題で英文を訳すときのように。


 妹さんというのは、修飾語がないが、たぶん俺の――宮沢大和の妹である宮沢由佳のことを指している可能性が高い。

 地下というのは恐らく、いつぞやにプチ子が蟻人間を貸してくれてようやく片づいた、すっかりカビ臭くなってしまった校舎の地下だろう。

 幽閉……ふむ、これは難しいぞ。どこかマイルドな印象はあるものの、その言葉の実態は「閉じ込める」という意味の主成分から成る。

 ということはつまり、俺の妹がカビ臭い地下に閉じ込められたという現状が明らかになってくるわけだ。


 ……で?

 俺はどうすればいい? オロオロすればいいのか? 泣き崩れればいい? 「ご冗談を」とか言って黒帯にツッコミでも入れるか? ガッツリ聞いておきながら、聞こえなかったフリをしてみるか? あとは……あとは、単純にキレるということもできるが?


 ユカが殺されそうになっていたとき、俺は想像以上に自分がキレやすいいまどきの子だと実感した。

 でも、現状を見てくれ。

 俺は俺自身にボケ倒しながら、ブチキレて学校をドーンする事態を完全に回避している。

 誰も褒めてくれないから自分で褒めるぞクソッタレ。

 俺スゲェ!


「わかった、黒帯。それで、俺はどうすればいいのか教えてくれ」

「おいおい、どうしちゃったんだい? 壊れてる場合じゃないだろ」

「いや、もうわけがわからん。今もし目の前に七つ集めると願いのかなう玉があったら、すべてを元通りにしてもらう」

「だいぶ混乱しているようだけど、現実を見るんだよ。まず、妹さんのところへ行ってあげなきゃだめだろ」

「いい考え。乗った」


 俺達は、おチビと衛生兵を残して理科室を後にした。

 何も考えず、前を行く黒帯についていくだけの俺。

 あれだな、ネトゲで移動中にトイレ行きたくなったときに役立つ、パーティメンバーに追尾する機能。

 だから気づいたときにはユカが閉じ込められているという、地下の一室の前にいたわけだ。


 我に返ってみれば、想像以上にカビの臭いがヤバい。

 ホームセンターからカビ取り剤を根こそぎ持ってきてブチまけたら何とかなるんだろうか。


「面会、かぁ……」


 看守みたいに立っている男子生徒はわりと見覚えがあるので、多分同学年。

 そいつは口をへの字に曲げて頭をガリガリ掻き、唸った。


「まあ、ダメって言っても強引に突破されるだけだろうしな。つーか、意味ないよな、オレのこの役目」

「それを言っちゃおしまいさ。宮沢がこうやって手続き踏んでお伺い立ててること自体、ママゴトみたいなもんなんだからさ」

「そうだよな。生徒会長の考えてることが、ひたすらわからん」


 俺が脳内で地下のカビ取り計画を立案している間に、黒帯と看守の間で話がついたらしい。

 元は古くなった地球儀だとか日本地図だとか、つまり二度と使用する機会はないが捨てるには忍びないと判断された物たちが押し込められていた部屋の扉が開かれる。

 カギは当然かかっていなかった。


 部屋の中の雑多なものはプチ子が処分してくれていたのか、中はがらんとしていて……そこにポツンとユカがいた。

 物資搬入用のダンボールの上に、体育座りしている。

 俺はユカにこんなことをさせるために連れてきたんじゃないのに。


「ユカ」


 扉の開く音に興味を示さず顔を伏せたままだったユカが、俺の声に目を上げた。


「お兄ちゃん」


 何となく、俺は部屋の中に立ち入りづらくて突っ立ったままだったし、ユカも座ったまま俺を見上げている。

 ただ、その大きな目は赤くなっていて、俺は胸が痛くなった。


「ユカね、ちーちゃんがひどい目にあってるのに、気づかないで寝てたの。助けてあげられなかった。なんで起きなかったんだろ……」

「それは多分、犯人が何かしたんだ」

「ユカがちゃんと起きてたら、それでお兄ちゃんを呼んだら助かったかもしれないのに」

「ユカは悪くない、全部犯人が悪いんだ」


 大事な友だちが殺されたとき、一番近くにいながら何もできなかったことを、ユカは心の底から悔やんでいた。

 ユカの涙は、無実の罪を着せられてカビ臭い部屋に閉じ込められたからではなく、己の無力さを悔いて流されたんだ。


 けれども俺は、兄としてどう振る舞うのが正解なのか、いまだわかりかねたままだった。

 きっとこのまま何事も起こらず、無駄に時間が過ぎていくんだろう……そう思ったとき、またしても使者はやってきた。

 今度はナビ女だ。


「いたいた、宮沢」


 頼むから帰ってくれ、不幸の使者よ。

 どうせお前のもたらす報せも、ロクなもんじゃないんだろう?

 俺、知ってるんだぜ。


「生徒会長が――」


 ホラ、な?


「屋上に来てほしいって。うちらのパーティ全員集合みたいよ」

「あー、読めたぞ」


 俺は閃いたが、テンションはとんでもなく低いままだった。

 ナビ女と黒帯が「どういうこと?」みたいな視線を投げかけてくるのを感じるが、もう口を開くのもダルい。

 ただ、それでは埒が明かないので、めんどくさい雰囲気ダダ漏れのままダラダラと言う。


「生徒会長がホラ、あれ……犯人わかってさ、名探偵みたいなヤツするんだろ。『諸君に集まってもらったのはほかでもない』とか、おっ始めるんだろ?」

「いや、知らないし……。とにかく、連れてきてって言われたから連れてくわよ」


 ナビ女は、やるときはやるタイプらしい。

 往生際悪くユカに手を振り続ける俺を、黒帯と両サイドから引きずるようにして連行していくんだからな。

 抵抗する気力も尽きた俺は、さながら捕獲された宇宙人だ。


 チンタラと階段を上り、飯持参ならユカと晩飯食えるんだろうかとボンヤリ考えていると、重々しい音がして、顔に風が吹きつけてきた。

 なるほどね、屋上についたってわけか。

 黒雲渦巻く空の下には、まあ、いつものメンバーが雁首そろえていて、その前に生徒会長がいた。

 完全に朝礼のときの校長と一般生とみたいな隊列になってんぞ。


「要件なら手短に頼む」


 まだ屋上の扉を潜るか潜らないかのところでそんなことを言ってみる。

 生徒会長には聞こえていないだろうと思ったが、意外にもリアクションがあった。


「大丈夫だ、すぐに済む」


 俺がわざとゆっくりパーティメンバーの後ろに立つのを律儀に待って、我らが生徒会長は上機嫌に喋りだした。


「実は例の事件の犯人がわかってね」

「誰さ? もったいつけないで早くお言い」

「うん、その前に謝らないといけないことがありまして。宮沢さん」


 凄む料理番から、その後ろの俺へ視線を移す生徒会長。

 俺は無言のまま先を促した。


「実はあなたの妹さん、犯人ではありませんでした」

「知ってる」

「大変申し訳ありませんでした。それで……真犯人の発表という形で気持ちを収めてもらえればと思うのですが」


 頷きもせず、まばたきもせずに生徒会長をにらみ返す。

 その真犯人とやらとは別に、俺はこいつをぶん殴る――殺さない程度にな。


「あの子を殺したのは、僕です。あ、妙なマネはしないほうがいいですよ」


 一斉に身構えたメンバーと、ワンテンポ遅れて雷を発射しようとした俺を、奴は雑な脅しで制した。

 ハッタリのようにも聞こえるが、そうでなかったときのリスクが大きすぎて動けない。


「本当は宮沢さんの妹さんがターゲットだったんですが、バリアがどうにもならなかったのでね」

「どうやって女子階に侵入できたのよ!」

「そりゃ、能力ですよ。みなさんも一つや二つ、持っているでしょう?」


 生徒会長は、この事態をどう落とすつもりでいるんだろう。

 身動きが取れない以上、言葉でそれを探っていくしかない。

 驚きがないわけではないが、今はのんきに仰け反っている場合じゃないのだ。


「目的は、何だ?」

「あなたはいつもそうだ。ささいなきっかけで少し力をつけたくらいで主人公を気取る。いいですか、そもそもこの顛末の中心人物は、最初から僕なんですよ?」

「この顛末というのは――」

「そもそも、です。こんなチャチな殺人事件ごときではなくて」


 その言い方に自制心が揺らぎかけたが、奥歯をきしむほどにかみしめてこらえる。

 視線の圧力で眼鏡のレンズが砕けそうだ。


「最初こそ勢いがあったみたいですが、今のあなたには失望しかない。何ですかその体たらくは」


 次は俺、怒られてるのか?

 前置き無しに話題の車線変更が凄まじい、ナビ女と話しているような気分になる。


「ビシッとメンバーを仕切って真相にたどり着いてくれるかとワクワクしていたのに、看破されたときのセリフまで台本作っていたのに。宮沢さんときたら腑抜けになって妹さんのところでメソメソしているだけで、ガッカリだ」

「メソメソはしていない」

「とにかく時間切れです。暇じゃないんで。あなたの弱点は把握したし、僕は帰らせてもらいます」

「宮沢、どうする?」

「……手を、出すな」


 鋭く問う黒帯に、俺は状況を傍観するよう要求した。

 そうしなければ、ユカが……いや待てよ。


「ユカ!」

「どうしたのー、お兄ちゃん。怖い声だよ?」


 目の前に現れる、ユカの幻影――天使の翼つき!

 つまりユカは無事だ。

 もう奴に遠慮はいらない。


「あ、うん。ちょっと遅かった、気づくの」

「宮沢、ゴメン……」


 全力で吹き飛ばす気満々で顔を上げると、そこにはナビ女を人質に取った生徒会長が微笑んでいた。

 つくづく、自分の頭の回転の鈍さにウンザリしたが、今度こそお手上げだ。

 さすがの俺も、ナビ女ごと奴を吹き飛ばせるほど病んではいなかったので、攻撃態勢を解いて抵抗の意志がないことを示す。


「えっ? ええっ? じ、自分はちょっと、わけがわからないでありますッ!」

「料理番、解説してやれ」

「はぁ? アタシぃ?」


 かくいう俺も、考えることを放棄したとたんの生徒会長の豹変、そしてナビ女が人質に取られるという急展開についていけず、脳が悲鳴を上げているのがわかる。

 もう少しゆっくり、一つ一つ順序立てて進めてくれないと、思考どころか脳が止まるぞ。マジで。


 しかし、生徒会長は無慈悲だった。

 当たり前か、慈悲があったらユカにあんな仕打ちはしない。


「それでは、この人はもらっていきますね。こちらを探されるとウザいんで」


 そして奴はナビ女を抱えたまま、忽然と舞台から姿を消した。

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