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05 格ゲーだったら椅子蹴って立ち上がってる

「現場写真を撮っておこう。いろんな角度から被害者はもちろん、教室内全体を記録して」


 背後では生徒会長の指示が次々と飛んでいた。

 都合よくデジカメを持っている奴なんていないから、指示された役員は自分のスマホで現場写真を撮影するわけだ。

 そうすると当然、わざとらしいシャッター音が緊迫した室内に連続で鳴り響く。


 離人症というのは、こういう感覚なのだろうか。

 俺は、捜査の始まった事件現場にたたずむ自分を、さらにその後ろから他人事みたいに眺めている気分でいた。


「被害者の所属はわかるかな?」

「一年D組の前田春子さんね」

「普段から交流のあった人間は?」

「一のDは彼女を除いて全滅でした。A組には数人の生存者がいますが、彼女と面識のある者はいないようです」

「他の学年に知り合いは? それとも今までずっと孤独に過ごしてきたのかな……」


 生徒会長の問いかけに、手元の帳簿をパラパラめくりながら淀みなく答えていく副会長。

 まるで敏腕秘書だ。

 現実が遠すぎて、テレビでドラマでも見ているように見える。


「彼女はショックで言葉が発せなくなっていたみたいで、一人で過ごすことが多かったらしいです。けれども最近は、宮沢さんの妹さんとよく一緒だったとのこと」

「なるほど……」

「あのッ!」


 二人の独壇場に割って入ったのは、現場に放置されていた衛生兵だ。

 相変わらずの悲壮な表情が哀れを誘う。


「この子、このままほったらかしておくの、かわいそうですッ!」

「うん、確かに」話の腰を折られても、生徒会長は気を悪くしたふうもなく応じた。「もう現場写真は撮ったから、埋葬してあげよう」

「そうじゃなくてッ!」


 ついぞ聞いたことのない勢いで衛生兵が声を張り上げたので、驚いた。

 こいつ、おチビと交流があったのだろうか?

 ……そう思ったら違った。


「もちろん埋葬もしなければですがッ、その前にッ! 遺体の様子を詳しく調べるべきではないかとッ!」

「それは……解剖とか、そういう?」


 生徒会長の問いかけは、まさに俺の懸念と同じだった。

 お前は俺か。

 おチビは大丈夫だろうか。猟奇的な感じにならないだろうかと心配になってくる。


「さすがにそこまでの専門知識はありませんッ! しかしッ! 傷の状態を含めた遺体の状況から、事実が見えてくるかもしれませんッ!」


 どうやらおチビは、切り刻まれるわけではないようだ。

 だとすれば、殺されたおチビの無念を晴らすためにも、調べるべきなのかもしれない。


「そうだな。科学班なら、凶器から指紋の検出くらいはやってくれるかもしれないし」


 そう言って納得した生徒会長の鶴の一声で、おチビの亡骸は文字通りの戸板に乗せられ、しずしずと一階の理科室へと運ばれていった。

 一緒に衛生兵も教室から退場していく。

 教室には、血だまりと俺たちが残った。

 やや広くなった教室を、生徒会長が名探偵よろしくウロウロしながら真相に迫ろうとする。


「昨日から今朝にかけて、もちろん女子階の見張りはいたんだよね?」

「後ほど詳しい状況を聞きに行きますが、今のところ異常があったという報告はありませんね」

「うーん、そうすると……この階の人間って可能性が高いのかな」


 犯人は。

 生徒会長は、あえてそれを口にしなかったんじゃないかと思う。

 けれども俺は、状況が少しずつ好ましくない方向に舵を切り始めたのを感じていた。

 彼の推理がこのまま進めば、俺の望まない状況になってしまうんじゃないか。


 そんな心配をよそに、生徒会長は探偵ゴッコを続けた。

 彼は残っているほうの教室の扉を、ゆっくりと開け閉めして言う。


「就寝時はドアが閉まっていたはずだ。そして開けるとこのように、ちょっと騒々しい音がする。あまり新しい校舎ではないから仕方がない」

「ドアのある教室は、一応閉めることになっています。まあ、女子階だけのローカルルールといえばそうですが」

「そう考えると、この階の住人で、しかも昨夜から未明にかけてこの教室の中にいた人物が、一番目立たずに犯行に及ぶことができるよね」


 おい、やめろ。

 俺は明確な意志をもって生徒会長にガンをくれてやろうとしたが、奴は俺と目を合わそうとしなかった。

 一瞬振り返ってこちらを見たのは、俺の様子を確かめるためだったのか。


「この教室で寝起きしていたのは、被害者の彼女を含めて何人だろう?」

「えーと……四人です」

「現状、犯人の可能性が高い人間は三人というわけだね。宮沢さん」


 突然生徒会長は振り返り、俺を真っ直ぐに見据えた。

 正直、並のホラー映画より怖かった。


「……何だ」


 奴の言わんとすることは、わかる。

 だが、頼むから口を閉じていろ。

 ふざけた戯言を抜かすんじゃない。

 そうした気持ちを詰め込んで、自分でもビビるくらいに低く不機嫌な声で応じた。


 しかし奴は、忌々しい口を開き、愚にもつかない世迷い事を吐き散らしやがった。


「犯人があなたの妹さんじゃないといいんだけど。心の底からそう願わずにはいられないよ、イロイロな意味で」

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