04 「結局一番怖いのは人間」という、ゾンビ映画にありがちなオチなのか
すぐに衛生兵が呼ばれてやってきた。
いつものハイテンションは鳴りを潜めていたため、最初は別人だとさえ思った。
真顔で黙っていると歳相応に見えるな……なんて、人事みたいに感じた。
彼女は呆然とした面持ちのままおチビの横に、血だまりを避けて膝をついた。
それからためらいがちに手首に触れる。
数秒後。固唾を呑んで見守る周囲の大方の予想通り、衛生兵は首を横に振って見せた。
呻くような、溜息のような声があちこちで聞こえた。
俺自身も、無意識のうちに似たような声を出していた。
おチビは、死んでしまったんだ。
いろいろ混乱する頭で、ゆっくり考えてみる。
世界が通常営業だったら――そもそも学校に泊まることはないわけで、こんな事態は起こらないが――、警察に電話を入れればあとは流れに身を任せているだけで解決に向かっていくんだろう。
しかし今のこの世界には、少なくとも俺たちの知る範囲に警察機関は存在していない。
今夜安らかに眠りたかったら、自分たちで事態を解決させるほかないのだ。殺人犯はもしかすると、今自分の隣に立っている奴かもしれないのだ。
こうして、犯人探しが始まった。
とりあえず俺は、泣いている妹を放置しすぎている。
やさしくて頼りになる兄にあるまじき失態だ。
つらい現実から一時的にでも目をそらしてやり、慰めて、泣き止ませてやらなければならない。
それは兄である俺の役目だ。
のろのろとユカに向かって歩き出した俺を、冷たい声が制した。
「何よりもまず、現場を維持したい。みんな教室の外に出て、各自のスペースで待機していてほしい。今日は原則、校舎の外に出るのを禁止する。各階にも伝えて」
「はいっ」
即座に数人の伝令が散っていく。
よく訓練されていることだ。
などと感心している間に、俺を含めた野次馬も、この教室に寝泊まりしている他の女生徒も、副会長や役員たちに外へと追いだされた。
「この教室を使っていた人は、四階で待機。図書室の隣の音楽室に移ってもらおう」
さらに一部の生徒が役員たちに伴われて移動していく。
その中にはもちろん、ユカもいた。
当然のようにその後を追おうとした俺の腕を、力強くつかむ奴がいた。
苛立ちを隠しもせずに振り返ると、そこにいたのは生徒会長だ。
「今起きたことを、僕たちなりに捜査しなければならない。当然、警察官なんかいないから、宮沢さんにも手伝ってほしい」
「そういう細かいことは……」
「知識なんかないから、あなたが配布してくれたウィキペディアを人数に物を言わせて引きまくりながら調べないと」
「妹が、泣いてんだぞ? ちょっとくらい落ち着かせてやってからでも……」
どうにかこの場を離脱しようと試みた俺の前で、生徒会長は不意に無になった。
声も表情もなくなると、目の前の相手が急に遠い存在に思えた。
何というか、意思の疎通ができないくらい、種の隔たりがあるようにというか。
言葉を失っていいると、生徒会長は周囲に聞こえないくらいに低めた声で、俺だけにささやいた。
「犯行現場にいたということで、今すぐあなたの妹さんを取り調べることだって、やろうと思えばできるんですよ」
「……お前なぁ……」
最初はどことなく頼りなげに見えていた生徒会長。
さぞかしイロイロあったんだろう。
短い期間でずいぶんと食えない奴になったじゃないか。
俺は言われるままに、捜査協力するほかなさそうだった。
すでに点呼が取られていた。手回しの早いことだ。
人数は昨日から変動なし。
つまり、犯人は逃走していない。いまだにこの校舎の中にいる。
ということは、新たな犯行が行われる危険性もあるということだ。
俺はナビ女以外のパーティメンバーに、校舎の巡回を頼んだ。
あいつらなら、もし何かが起きても取り押さえられるだろう。
ナビ女は戦闘タイプじゃないから、こういう場面では使えない。
俺は覚悟を決めて再び教室に入り、物言わぬおチビの横にしゃがみこんだ。
「衛生兵、死亡推定時刻がわかったりはしないか?」
「え、ええとッ……」
急に話を振られてキョドりだす衛生兵。
しかし、深呼吸して気持ちを落ち着けてからハキハキと答えてくれた。
「死後硬直がまだなので、今が……七時だから……深夜から未明にかけて殺害されたと思われますッ!」
ふむ、とうなずきながら凶器のナイフに触れようとすると、生徒会長に手を払われた。
「現場を荒らさないでくれますか。証拠品に触るなら、せめてこれを」
「……ああ」
かつて掃除のオバちゃんが使っていた、ピンクのゴム手が渡される。
四の五の言っても仕方がないので、俺はそいつを潔く装備した。
「衛生兵、死因は何だと思う?」
「はいッ! 出血ではないかとッ!」
「だよな」
凶器のナイフを観察する。
プラスチック製のオレンジの柄がついた小ぶりの刃物。
巷の殺人事件でおなじみの、果物ナイフというやつだ。
恐らく購入時には同じくプラスチック製の鞘がついていたはずだが、周囲にはなさそうだ。
今まであえてよく見ないようにしていたおチビを、そろそろつぶさに観察しなければならない。
くるくると愛らしかった目は、閉じたままだ。
生き物は、死ぬと目に生気がなくなるからすぐにそうと知れる。
目が閉じられているからこそ、今でもおチビは眠っているのではないかと自分を騙すことができた。
そうでなければ……改めてこんな至近距離まで近寄れなかったかもしれない。
俺は、自分で思っていたよりも本当は臆病な人間だと、今ひしひしと感じている。