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03 史上最悪の目覚ましが、俺の膝を全力で折りに来た

 そして結局、そら豆の家族は見つからなかった。

 しばらく歩き回っても人が生活していた形跡がなかったことから、ある程度覚悟はしていたのだろう。

 そら豆の家はもちろん、人が籠城に使えそうな大きめの建物もレベリングついでに回ってみたが、すべて空振りに終わった。

 もしかすると生存者たちは俺たちのように拠点を設けず、安全な場所を転々としているのかもしれないと、衛生兵が励ましていた。

 効果はなかったが、そら豆はそれほど落胆した様子もなかった。

 それでも思うところはあったようで、バスくらいの大きさの全身トゲ尽くめハサミムシと対峙したときも取り乱したりはせず、俺たちが九割九分九厘殺しにしたそいつに嬉々としてトドメを刺していた。


 俺は、このパワーレベリング計画の手応えがつかめて、まずまず満足だった。

 最初だから時間がかかったが、これから試行錯誤を繰り返して無駄をそぎ落としていけば効率化もできるだろう。

 ……なんて、効率厨みたいなことを思ったりもした。


 あとはいつも通り。

 飯を食い、シャワーを浴びて、教室内を細かく区切った狭いけれど自分だけのスペースで気持よく眠ることができた。

 ――翌朝、生徒会役員の「殺人事件だ!」という叫び声に叩き起こされるまでは。


「殺人?」

「え、どういうこと?」

「誰が死んだんだ?」


 隣のスペースでも人が起きだして、あくびを噛み殺すような声を出していた。

 俺の頭の中でも殺人事件という単語の意味を咀嚼し終えて、それからようやく「ヤバイな」という声が滑り出た。

 まずは生徒会室に顔を出すべきか、現場を探して直接向かうべきか考えながら身支度を済ませる。

 教室を出た俺は、走り回っている別の生徒会役員を捕まえて、現場の情報を押さえた。


 つまり、殺人事件なのだ。

 世界がこんなことになって、事故やバケモノの襲撃で死んでいった仲間なら大勢見てきた。

 だが、今回のケースはそれらとは違う。

 人が――つまり、この校舎で共同生活をする何者かが、同じ仲間である誰かを殺した。

 死んだり食われたりしたのではなく、殺されたんだ。


 現場が二階だと聞いて以降、俺は喉のあたりに不愉快なつかえを感じている。

 二階は女子階だからな。

 パーティメンバーは何の因果か全員女だ。

 ただ、その全員が何だかんだで無数の雑魚やら王やらを倒してレベルが上がっているはずなので、はたして並の人間に殺せるかどうかは怪しい。

 そして二階には、俺の大事な妹のユカもいる。

 王クラスのバケモノの攻撃をも防ぎきるユカの防御壁だが、就寝中も効果があるのかどうかは確認していなかった。


 今、何を考えたところでもうすでに誰かが死んでいるのは動かし難い事実だ。

 それでも、真実を知るのが俺は――ああ、これが怖いということか。

 知り合いでなければ死んでいてもいいというわけではないと、頭ではわかっている。

 しかし、そう考えてしまう自分は、確かにここに存在していた。


 階段を降りたとき、人だかりが一番近くの教室にできていたとき、俺は無言で膝をついた。

 昨日、そら豆たちと外に出る前に足を止めた、あの教室。

 あそこで寝泊まりしているのは当然、ユカとおチビだ。


 ひどく混乱していて、どうすればいいのかわからない。

 いや、それは嘘だな。

 立ち上がり、人混みをかき分け、教室に入って事実を見届けるべきだ。

 頭ではわかっているんだ。


 再起動が必要だと思った。

 そんな場合ではないのは百も承知だが、素数を数える。

 四十七の次がわからなくなったところで我に返り、俺は立ち上がることができた。


 人混みに近づくと、一人が俺の顔を見て「宮沢だ、通路を空けよう」と周囲に呼びかけてくれた。

 心の中でありがとうと言うだけで精一杯の俺は、人垣が割れた間を通り抜け、教室の床板を踏む。

 そこで最大出力の吐き気に襲われてふらつきそうになった。


 無駄に歯を食いしばって見下ろす先に――

 ユカが――

 俺の愛する妹が――

 泣いていた。


 俺は歓喜した。

 体が勝手にガッツポーズをしようとしたのを、ただ拳を握りしめるだけにとどめられた自制心を全力で褒めたい。

 少なくとも、俺の妹は死んでいなかった。

 殺されていなかったんだ。


 次の瞬間、奈落の底に突き落とされたようなショックに襲われた。

 首筋が寒い。

 泣きじゃくるユカの隣で、おチビが横たわっていた。

 胸にナイフを突き立てたまま。

 おい、ふざけんじゃねえよ。これどういうことだよ。ナシだ、全部ナシ。最初からやり直し。

 そんなセリフをもしかしたら、実際に口に出したかもしれないし、実は出していないのかもしれない。

 だめだ、今の俺は情緒不安定すぎる。


 おチビごめん。

 本当にごめん。

 ユカが死んでなくてよかったなんて、めちゃくちゃ喜んでごめん。

 今は本当にわからない。

 どんな顔をすればいいのか、何て言葉を発すればいいのか。


 誰かの「あ、きたきた」という声が、俺を現実に少しだけ引き戻した。

 のろのろ顔を上げると、副会長を伴った生徒会長が教室に入ってくるのが見えた。

 生徒会長は俺と目が合うと、顔を伏せながらゆっくりと片手で額を押さえた。

 俺ほどじゃないが、途方に暮れているようだ。

 だからか、まともになるのも早かった。


「まず、生死の確認を。清水さんを呼んで。それから、犯人を探そう」


 それが正しい判断なのかもわからないまま、俺は生徒会長の言葉にただうなずいた。

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