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02 命を奪うことに抵抗がなくなったとき、俺たちは何になるのだろう

 校舎の二階からさらに一階へ降りようとしたとき、何気なく教室のほうに目をやると、そこにはちょうど妹のユカがいた。

 例の、防御壁――ただし狭い――を使えるという点を強調し、現状を突破する可能性を秘めた存在だと強引に主張してはみたが、手応えはイマイチだった。

 自分の家族だけ探しに行きやがって、という集中砲火からヌルッとタゲ逸しをする意味でも、ほかの生徒の家族を探しに行くというのが最近の俺のミッションとなっている。


 ユカは、一人の女生徒と机を向かい合わせにくっつけて、何やら楽しそうにしていた。

 向かいに座っているのは、おチビだ。

 地球が魔界と融合した直後の襲撃で最も被害が大きかった一階。一年生女子ではの生存者だった。

 その際に恐らくとんでもなくショッキングな出来事を目の当たりにしてしまったのだろう彼女は、今、声を出すことができない。

 それでも年齢が一番近いということもあってか、おチビはユカの相手をしてくれていることが多い。寝起きする教室も一緒だ。


 二人はどうやら、お絵かきをしているようだ。

 フワフワな黒髪で小熊のように愛くるしいユカと、ウェーブがかった明るい髪色でハーフっぽい顔立ちのおチビ。

 そんな二人が目の前で笑ったり手を叩いたりして遊んでいるのである。

 それを目にした自分の気持ちを表す言葉を、俺は知らない。

 アホっぽくなるのを承知で言うなら、「胸の辺りがこう、ホンワ~ってなるよね!」という感じか。


 あまりにも心温まる光景だったので写真に撮って永久保存しようかとも一瞬考えたが、無粋なシャッター音でせっかくの雰囲気に水を差すのもどうかと思いとどまる。

 さあ、仕事だ。


 校舎を出たところでは、おなじみのパーティメンバーと、今日の同行者が待機していた。

 妹たちをガン見しすぎて待たせてしまったか。

 彼らは日に日に本格的になっていく畑を、興味深そうに見つめていた。

 みんなの視線の先には婆さんがいた。

 保護してきたときは半分以上魂が抜けかかってた農作業主任の婆さんは、今では見違えるほどシャンとして当番の生徒たちへビシビシと指示を飛ばしている。


「みんな、待たせた」

「隊長ッ! おはようございますッ!」

「おはよー」

「宮沢、おはよう」

「アタシ待たされんの嫌いだって、何回言えばわかるわけ?」


 いつもの朝だ。

 料理番はブレないな。


「今日は、そこの――」


 と、黒帯の横に突っ立っている、そら豆みたいな顔の男子生徒に目をやる。


「杉山俊二です」

「――そら豆の家族を探しに行くので」

「杉山です」

「ナビ女は例によって例のごとく」

「やる気ないわねー。ハイハイ」

「で、今日から新しい試みを始める。生徒会長には許可取ってあるので、そら豆」

「杉山です」


 俺はそら豆に、調達班が集めてきたシャベルを押しつけた。

 もちろん、俺の手にあるのは使い慣れたいつものシャベルだ。


「……何ですかこれ?」

「杉山くんッ! これはシャベルといいまして、塹壕を掘るための道具でありますッ!」


 衛生兵が乳を弾ませながら熱く語り始めた。

 少し落ち着こうか。


「塹壕は掘らなくていい。遠征先で捜索を行なった後、そこを拠点としている王を引きずり出して叩くのは今までどおりだが、今回トドメを指すのは、そら豆だ」

「杉山です」

「どういう意図なんだい?」

「全校生徒の強化だ」


 パーティメンバーに事の次第を説明しながら、プチ子ダンジョンを進む。

 それにしても移動が不便だ。

 地面がボコボコだから車に乗れたとしても快適なドライブとはいかない。

 不意にバケモノとエンカウントすることを考慮すると、チャリは危険な気がする。

 ということで、馬っぽい何かがほしいところだ。そんなバケモノがもしいたら、誠心誠意ブチのめして配下にしようと思う。


 そしてやってきましたのは、そら豆の家があるという阿佐ヶ谷。

 この一帯を縄張りにしているのは、全身が毛に覆われた巨大なハサミムシみたいなバケモノだった。


「やだ……ちょっとカワイイ……」


 そうつぶやいたナビ女の趣味がよくわからない。

 本物のハサミムシを目の前に突き出したら、それがどんなに小さくでもパンツが見えるくらい全力で逃げるくせに。

 毛がはえるととたんにカワイイ属性が付与されるのはどういうわけか。


 頭の片隅でそんなことを考えつつ、俺はそら豆のパワーレベリングに取り掛かる。

 といっても、準備段階だ。


 パワーレベリングという言葉に馴染みがなくても、RPGやシミュレーションゲームをプレイした経験があれば、ほぼやったことがあるはず。

 たとえばストーリーの中盤でメチャクチャ好みのキャラが仲間になったとする。

 しかしそいつのレベルは低く、メインとしてすぐには使えない場合、集中的にレベル上げをするだろう。

 控えに置いておいても自動的に経験値が入るイージーモードのゲームでない場合は、無理矢理にでもメインメンバーに加えて育てるわけだが……。

 問題が出てくる。


 そのキャラがあまりにもレベルが低い場合、まず目的の狩場に到着する前に死ぬ恐れがある。

 首尾よく経験値のおいしいモンスターとのバトルに至れても、範囲攻撃や全体魔法に巻き込まれて消し炭になる場合もあるだろう。

 また、敵とのレベル差が大きすぎると、攻撃しても1ダメージしか与えられず一戦にすこぶる時間がかかったり、そもそもミス連発で攻撃が当たらないという可能性もある。

 そのため、まずはザコである程度レベル上げをするのが、結果的に効率的だったりするのだ。


「ナビ女、どうだ、そろそろか?」

「今三十パーくらい。どれくらいまで削れたらいいの?」

「五パー以下だな、とりあえずは。ということで、黒帯と巴御前、手が滑って倒さないように頼むぞ」

「アイアイ、キャプテン」

「それとナビ女。周囲の警戒もサボらないでくれよ」

「あんたも仕事しなさいよ……」


 馬鹿なことを言うなよ。俺だって仕事をしている。

 獲物を削るのに案の定時間がかかりすぎて、次から次へと新手が群がってきているにもかかわらず、常にいい感じの数に抑えていられるのは誰のおかげだと思っているんだ。

 虫系ギライだからという理由で音楽聞いているだけの料理番や、ツイストしながら応援している衛生兵よりは役立っていると確信している。


「そろそろか。それじゃあナビ女、弱点はどこだ?」

「えーと、ちょっと待ってね。……ああ、裏よ、裏側。ひっくり返して尻尾の付け根辺り」

「よし、そら豆。ケツの穴を狙え」

「杉山です」


 ジタバタ暴れるモフモフハサミムシを裏返し、黒帯、巴御前と三人がかりで固定する。

 しかし、あとはトドメだけというところで、そら豆がゴネだした。


「いや、こいつらが人を殺すってことはわかってるんですけど、頭では。でも、いざ殺せと言われると……」


 そら豆はシャベルを引きずったまま、力なく首を横に振った。

 言いたいことはわかる。

 むしろ、俺たちが順応しすぎなのかもしれない。

 それでも、やってもらわなければ困るのだ。


「いいか、そら豆」

「杉山です」

「周りを見ろ」穴だらけの建物、ことごとくへし折られた電柱、黒焦げの車で造形されたゴーストタウンを示して見せる。「お前の町をこんなふうにしたのが、そいつらだ。どう思う?」


 促すでもなく、ただ問えば、そら豆は一分ほど沈黙したのち、ブルブル震えながらシャベルを振り上げて、気合だか悲鳴だかわからない声とともに振り下ろした。

 俺には、そら豆のレベルがあがったファンファーレが聞こえた気がした。

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