01 それでも俺は、パーティメンバーの名前を覚えない
空は暗いし、空気は常時うっすら硫黄臭いし、食い物は缶詰ばっかりだが、平和だ。
安全地帯が広がり、夜は枕を高くして眠れるというのが、精神的に大きな安らぎになっている。
それまでは、ずっと覚めない夢を見続けているような、朝目覚めてもまだ悪夢の続きを見ているような、そんな状態だったからだろうな。
点呼で叩き起こされるまで泥のように眠れるんだから、平和というのは本当にいいものだ。
あれから一週間が経過し、学校は多少不自由だが穏やかな毎日が続いていた。
授業もテストもない代わりに、各自が割り振られた作業をこなして一日を終えるという非日常も、一週間も続けば日常であるかのように錯覚してくる。
そう言えば、生徒会が各自の能力やスキルに応じて適材適所の割り振りができるように、ステータス表のようなものを作ることが決まった。
生徒会室――図書室で申し出れば誰でも自由に閲覧でき、生徒会を通して依頼するほどではないけれどちょっと得意な奴に頼みたいことなんかがあれば、個人的に交渉することもできる。
俺のステータス表は、こんな感じだ。
宮沢 大和(十八)
スキル:雷撃 急加速
基本装備:シャベル×1
……うん、よく考えたら自分のスキルをあまり把握していなかった。
地球が魔界と融合したことで宇宙の法則的なものが乱れ、王クラスの魔物をぶっ倒すと固有スキルを奪えるようになったっぽいが……そもそも戦った相手がどんなスキルを持っていたか把握できているかというと、そうではないしな。
一匹――俺の最愛の妹に無体な仕打ちをしようとしていた下衆野郎は、視界に入った瞬間に瞬殺してやったので、スキルなんざ知る由もない。
ただ、ステータス表をパラパラめくってほかの奴のスキルを眺めているのは楽しい。
RPGなんかでよくある、仲間を引き入れたり預けたりする酒場で人選しているときみたいだ。
さすがにゲームみたいに腕力だの足の速さだのを数値化することはできないが、「へー、こんなことができるのか」なんて感心されられることもある。
やはりリーダーとしては、パーティメンバーのステータスは把握しておくべきだろうな。
……と思ったてステータス表をめくりながら、俺は重大な問題にぶち当たった。
メンバーの名前を覚えていないから探せない。
なんとなく……茜とかいう名前の奴がいたことはほんのり覚えている。あと、仲間内でカノコって呼ばれてた奴もいた。
仕方がないのでそのへんにいた生徒会の奴を捕まえて、俺のパーティメンバーのステータス表を教えてもらった。
並木 茜→ナビ女(十八)
スキル:オートマッピング 敵探知 弱点看破 ピッキング
基本装備:地図帳 コンパス 筆記用具
望月 亜沙美→料理番(十七)
スキル:調理 裁縫 洗濯 掃除 爆破 炎系魔法 範囲麻痺
基本装備:包丁 裁ちばさみ 調味料
猪狩 美紀→黒帯(十八)
スキル:空手 急所攻撃 筋肉肥大
基本装備:なし
鹿野 綾女→巴御前(十八)
スキル:薙刀術 日本舞踊 茶道 華道
基本装備:さすまた×1
清水 カナエ→衛生兵(十七)
スキル:回復魔法 応急処置
基本装備:ファーストエイドキット
なるほど。
俺は黒帯のスキルに若干引きつつ、太字の油性マジックで各自の名前を書き換えていく。
こいつらの運用方法は、俺が一番よく知っている。
だから、俺だけがわかっていればそれでいいもんな。
ほかにも、木工やら土木、科学に化学に演算、地学なんてすごそうなものから、占い、霊視なんてものまであるな……。
生徒ではないが、外部から加わった人のステータス表もあり、たとえば俺の妹だと――
宮沢 由佳(十一)
スキル:防御壁 幻影召喚
基本装備:なし
……という感じになる。
以前、自宅付近にいながら幻影自分の幻影を飛ばしてここにいた俺と会話したのは、幻影召喚のスキルだったわけだ。
俺はステータス表のノートを閉じた。
顔を上げれば、生徒会長と副会長が相変わらず喧嘩腰のやりとりをしているのが目に入る。
「――とはいえ、一応は考慮に入れておくべきじゃないの?」
「そりゃ暇ならいくらでも。でもみんな忙しいんだよ、暇な奴がいるなら紹介してほしいね。よって、占いで人員は動員できません。はい、この話は終わり」
まあ、何だかんだでいいコンビなんだと思う。
下からの意見を丁寧に拾い上げようとする副会長と、とにかく効率重視で無駄をバッサリ切り捨てようとする生徒会長だから、たして二で割るとちょうどいい。
とはいえ、だいぶ長いこともめているようなので、ここらで気分転換をさせてあげるとしよう。
「生徒会長、一つ提案がある」
「何だろう?」
明らかに安堵した様子の生徒会長は、椅子ごと俺に向き直った。
会長のターゲットが外れた副会長は、口パクで「やれやれ」と言いながら別の案件を別の役員と話しながら立ち去った。
「学校全体を強化してはどうかと考えている」
「全体……というと?」
「今のところバケモノとソロで渡り合える人員は、ごく限られている。ほとんどが非戦闘員だ」
「ま、そうでしょうね」
どうやらレベルという概念があるらしい現在の地球では、自分のレベルより強いバケモノと遭遇した場合、どうすることもできない。
先日の内骨格型不定形生物の王と戦ったときのように、強力な敵が現れた場合、非戦闘員はとにかく生き延びるために安全な場所でじっとしているほかないのだ。
今は比較的平和とはいえ、命を脅かすものといえば病気か交通事故くらいしかなかった頃とは違うのだから、いざというときに最低限自分の実を守れるだけの強さは持っておくべきではないだろうか。
また、そうたびたび襲撃されてはかなわないが、有事の際に全員がそれなりに戦えるとしたら、こんなに心強いことはない。
「俺は今後もパーティメンバーと少しずつ領土を広げていくつもりだが、その際に順番で一人ずつ戦闘に参加してもらいたいんだ」
「最近宮沢さんのパーティに同行しているイレギュラーメンバーは、自宅やその近隣への道案内ですよね? 戦闘なんかさせて、どうするつもりです?」
「バケモノの王に、トドメを刺してもらう。そうすることで、毎日一人ずつ、ザコ相手には無双できるくらいの戦力に育てられるはずだ」
「……うーん」
どうやら俺の考えを理解してくれた様子の生徒会長だが、反応は渋い。
妥当な反応だと思う。仮にも全校生徒を束ねる立場にある人間が、俺の発言の危険性も考慮せずにホイホイOKを出すようでは、先が思いやられるからな。
「もしかして、僕もいつかそれをやることに……?」
「生徒会長は、トップバッターかシメかのどちらかだろうな」
「ううう」今までで一番苦い顔をしてから、生徒会長は渋々といった様子でうなずいた。「わかりました。確かにそうするほうが長い目で見れば生存率を上げることになりそうですからね。でもその……レベル――」
「レベル上げ」
「そう。レベル上げのせいで死ぬなんてことになったら元も子もないので、どうか安全第一で行動してください」
「もちろんだ。いざとなれば俺が仕留めても損はしないからな。危険そうな案件だったら下がっていてもらうつもりだ」
前回は俺の油断で危うく黒帯を失うところだった。
しかし、それが教訓になっているので、もう俺に油断はない。
「あと、僕は最後がいいです」
「できれば手本として最初に来てほしかったが、仕方ないな」
レベル上げ作戦の正式発表は明日行うことになったが、時間を無駄にするのは惜しい。
第一号は、さっそく今から強化する。
さっそく今日の案内係に事情を話しにいかなければ。
俺は校庭に向かうため校舎の階段を降りた。