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最終話 オートリーダースキルはニワカ魔王を魔界統一に駆り立てるか

 俺は不覚にも、思考停止してしまった。

 まず、目の前で起きていることが理解できない。

 そして、その結果どういう未来につながるのかが予測できない。

 だからひたすら、こういうときにはどうすればいいのだろうと考えていた。


 真っ先に動いたのは、やはり衛生兵。


「落ち着いてッ! 自分が止血しますので、皆さんは美紀さんをゆっくり横にしてくださいッ!」


 黒帯を絞殺するんじゃないかという勢いで出血箇所を圧迫し、指示を出す。

 パーティメンバーはそれで我に返ったらしく、ナビ女に巴御前、料理番らが協力して、大柄な黒帯の体をアスファルトに横たえていた。


 俺はというと……。

 ゆっくりと消えてゆく内骨格型不定形生物のそびえ立つ残骸の前で、本当に情けないんだが、体が動かなかった。

 ネトゲで初めてパーティプレイをした初心者みたいに、どうしたらいいのかわからなかったんだ。

 人間は二リットルの血液が体から出ると死亡するというようなことをどこかで見たのを思い出して、現時点での出血はどれくらいだろうかとか、そんなことを考えていた。

 脳裏に烏龍茶の二リットルのペットボトルを思い浮かべる。大丈夫、まだ死なない。


「美紀さんッ! 大丈夫だから、絶対に死なせないからッ!」

「いやー、これは自分でもわかるよ。アカンやつだよね」

「そんなことないッ! あきらめなければ何とかなるからッ!」

「そうよ美紀。あなたはこんなところで死んだりなんかしない!」

「美紀、根性見せな! まだ観なきゃいけないセガール映画のノルマが残ってるんだよ!」


 ナビ女も料理番も、必死に励ましている。

 巴御前は黒帯の手を握って、涙を堪えるような表情だ。


 こんな世界にいるんだから、いつかはこういうときがくるのはわかっていた。

 実際、学校じゃ毎日のように誰かしら死んだり行方不明になったりしている。

 それは俺にとって名前も知らない奴の身に起きたできごとだったから、気の毒だなとは思っても、それ以上の感情はなかったんだが……。

 これは、キツいな。

 一緒に集まって相談して、助け合って戦って、飯食って笑い合って。

 そんな存在が今、なくなろうとしている。

 人はいつか死ぬという声と、考えることを放棄するなと叫ぶ声が脳裏で舌戦を繰り広げていた。

 それを傍観し、さらに目の前で今まさに起きている出来事も傍観している俺。

 何がリーダーか。


 ノビ夫もゆっくりと顔を黒帯に近づけ、うなだれた。

 目の下の、マンホールのフタが直撃した傷跡が痛々しい。

 いつぞやの恐竜みたいに、奇跡が起きればな。

 そうすれば黒帯も助かるかもしれ……あ。

 恐竜。衛生兵。

 四日だか五日だか前の光景を思い出す。

 衛生兵が恐竜を撫でながら「きょーるーしゃん」とか変な歌を歌い出し――。


「歌だ。歌え衛生兵!」

「はいぃ?」

「前に恐竜のケガを治したときの、『痛いの痛いの飛んでけ~』の、変な歌を歌うんだ! 早く!」

「へッ? あッ! は、はいッ!」


 今まで存在感皆無だった俺からのやぶから棒の指示に、衛生兵は目を白黒させながら従った。


「みきしゃん、かわいそかわいそなのねー。イタイのイタイのとんでけー」


 すると。

 黒帯の首を押さえつける衛生兵の手、その指の隙間から絶え間なく流れ出ていた鮮血が……止まった。


「いける……これ、いけるわ!」

「やったじゃないか! ホラホラしっかりするんだよ。さあ、この指が何本に見えるか言ってみな!」

「いち……に……そんな高速で手振られちゃ、見えるもんも見えないよ」


 残像が見える勢いで手を振りまくる料理番に、黒帯が笑って言う。顔色はヤバいが、気力は大丈夫みたいだな。

 巴御前の手を握り返す黒帯の手に、ぐっと力が入っているのが見て取れる。


 衛生兵が回復魔法みたいな技能を使えなかったのは、呪文の詠唱がなかったせいだ。

 恐らく、最初に治したときの素っ頓狂な歌が回復呪文として登録されてしまったのだろう。

 だから衛生兵は今後、誰かのケガを治すたびに、この恥ずかしい歌を歌わなければならないのだ。


 しばらくして衛生兵がゆっくりと手を離すと、固まりかけた血液に髪が絡まって悲惨な感じではあったが、黒帯の首のどこにも傷跡は見当たらなかった。

 そのまま衛生兵と巴御前に手を引かれ、黒帯が立ち上がる。

 首を捻ったり左右の足を踏みしめたりしてから、大丈夫だと言うように大きくうなずいた。


「よし、じゃあ順番が逆のような気もするけど、円陣組みましょう!」

「おー!」

「はーいッ!」

「えー、アタシそういう暑っ苦しいノリ嫌いなんだけど……ま、今回だけだよ」


 やれやれ、仲が良いな。

 女子たちのやりとりをクールに眺めていると、ナビ女に手を引かれた。


「ほらほら、リーダーがいなくてどうするのよ」

「いや、こういうのはやりたい奴だけでやってく――」

「ボス討伐、おつかれー!」

「お疲れ様でありまーすッ!」


 右からナビ女、左から黒帯に強引に肩を組まされ、ぎゅうぎゅうと背中を押さえつけられる。

 近い。あと頭がゴンゴン当たっているだろうが。

 結局、もみくちゃにされた。


 そのノリで肩を組んだまま校門の前まで来ると、プチ子から討伐完了の報を受け取ったらしい生徒たちが続々とマンホールから飛び出し、駆け寄ってきた。

 いつぞやの遠征でも歓迎を受けたが、今回はもう、勇者の帰還みたいなテンションだ。

 逆に引くわ。

 喜んでいただけたのは嬉しいけどな。

 背中をバシバシ叩かれ――俺は力士じゃない――、ハイタッチとフィストバンプを交互に強要され、スマホのカメラでバシバシ撮影され、なぜかサインを求められ――そんなものどうするんだ?――、挙句の果てに人生初の胴上げまでされた。

 にもかかわらず悪い気はしないのは、俺もかなり有頂天なんだろう。


「すげーぞ宮沢!」

「さすが宮沢くん! やってくれるって信じてた!」

「宮沢さん、まじパねえっす!」


 ……若干イラッとくるのも混じっているが、今日のところは許す。


 生徒会長が「毎度面倒をかけて悪いな」と言ってくるのを片手で制し、「みなまで言うな」と応じた。

 その代わり、吹き飛んだ校舎の修復の采配は頼んだぞ。


 満面の笑顔と精一杯の拍手で讃えてくれるのは、おチビだ。

 まだ声が出ないのか。

 早く話せるようになるといいな。

 そうだ、年齢的に一番ユカと近いから、仲良くしてもらおう。


「お兄ちゃん! すごい人気だねー! ユカもなんだかとってもうれしいよ!」


 そう、最愛の妹ユカも、再会したときに劣らない、いいタックルを見せてくれた。

 その直後、ノビ夫を見てビックリしていた。カワイイ奴め。

 マイマザーも、久しぶりにニコニコしているのを見た気がする。

 相変わらず空は墨汁をぶちまけたように黒く、ところどころから青空がのぞくのみだったが、今日は不思議とまぶしく感じた。


   ×   ×   ×


 大切な家族と無事に合流できて、もう俺に懸念事項はない。

 勝手な行動を取らせてもらった分、今度はみんなのために自分の力を使おうと思う。

 学校自体も、今まで以上に全力で守る。


 プチ子によると、あの内骨格型不定形生物の王を倒したので、それまでの取り分と併せると学校の周囲の縄張りは掌握できたことになるらしい。

 つまり、中ボスクラスのバケモノが雑魚を蹴散らしながら侵入してこない限り、とりあえずは安全が確保できたわけだ。

 事態の根本は何も解決していないとはいえ、野菜畑の目処がつき、鶏の飼育も始まったので、状況が少しずつでも良くなっていくといい。

 俺たちの資源か希望、もしくはその両方が尽きるまでに、地球を取り巻く封印の壁をブチ抜くという次の大規模ミッションに移るときが来たようだ。


 図書室。

 生徒会の面々に、俺のパーティ、プチ子が長机を囲む。窓の外にはノビ夫もいる。

 ホワイトボードに貼りだされているのは、かつて地理や世界史の授業で使われた世界地図だ。

 日本の中の、東京の一区、中野の一部を手に入れて悦に入っている暇はない。俺たちには多分、あまり時間が残されていない。

 速やかに世界へと展開していくべきなのだ。


「それではこれより、魔界統一ミッションの方針会議、第一回目を執り行う」


〈妹クエスト編:完〉

貴重なお時間を割いてここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

連載を再開する場合は、今度こそプロットを立て、書き溜めを行おうと思います。

その際にはまた、よろしくお願いいたします。

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