50 完全なる舐めプで「ボスYOEE!」
俺は今まで一番集中して左手に雷の力を集めた。
ドカンとやってしまえば型はつくが、それではパーティのレベルが上がらない。
痺れを伴って青白く輝きだした俺の腕に気づいたのか、内骨格型不定形生物の様子が変わった。
アームのように突き出していた部分を骨ごと体に取り込んでしまい、炎天下で溶けたグミみたいになった。
いわゆる、RPGでお馴染みのスライムだな。
攻撃対象を見失い、黒帯と巴御前も顔を見合わせる。
次にバケモノは、そのドロドロの体から二本の骨を突き出し、本体を上へ上へと持ち上げていく。
うまいたとえが思いつかないが、首と尾のないダチョウみたいな、足だけの存在だ。
これは――逃げる気か!
のんきに観察している場合ではなかった。
俺は急ぎつつ集中して、内骨格型不定形生物を取り囲む雷の檻を作っていく。
しかしバケモノのほうが先に準備が整ったらしく、これまでとは打って変わった軽快な足取りで、あろうことか学校のほうへと向かい始めた。
やばい、油断しすぎた。
そのときだ。
上空から接近する、鳥のものとは違う聞きなれない羽音があった。
顔を上げれば、人間くらいある大きなトンボが見事な編隊を組んで通り過ぎて行くのが見えた。
(人の王、プチ子もお手伝いいたします)
「おお! 本当に気が利くな、プチ子!」
トンボたちはバケモノの進行方向に回りこむと、尻尾の先から煙とともに液体を発射した。
その液体は、バケモノに付着するとジュッと音を立てて煙を上げはじめる。
まるで知能がなさそうな形状だが苛立ちは感じるのか、バケモノはまずプチ子たちを追い払おうと決めたらしい。
体の上部から素早く何本もの多節鞭を作り出し、イソギンチャクのように振り回しだした。
「プチ子気をつけろ、速いぞ」
すぐに反応したプチ子たちは、隊列を崩して素早く散開。
しかし、一匹が多節鞭の餌食となり、きれいな透明の羽を裂かれて落下した。
ああ、プチ子が……。
焦るが、なにぶん初めての試みなのでそうちゃっちゃとはいかないのだ。
じわじわと内骨格型不定形生物を囲んでいく自分の雷がもどかしい。
「こいつで痺れな!」
高飛車な声だけでわかる、料理番だ。
彼女はさっきとは別の小瓶の中身をバケモノにぶちまけた。
遠目から見るとコショウにも思えたが、ウナギが食べたくなる良い香りがその考えを打ち消した。
痺れる調味料といえば、山椒か。
見ればバケモノの触手状に伸びた多節鞭は、引きつったような動きを繰り返している。
麻痺の弱体効果が入ったようなので、少し時間が稼げそうだ。
そこへさらに。
(王よ)
校門からとてつもない勢いで伸びてきたノビ夫が、バケモノの脚部っぽい部分に巻きついた。
「でかしたノビ夫!」
ノビ夫の加勢から一分弱、俺は内骨格型不定形生物を完全に雷の檻に閉じ込めることに成功した。
これでもう逃げられる心配をせずにじっくりと、パーティメンバーが仕留められるギリギリを見極めながらHPを削っていってやれる。
ある種、拷問タイムだな。
俺はノビ夫を下がらせ、バケモノの体力半分くらいを奪うイメージの電撃を食らわせた。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!
バケモノが骨を軋ませて身悶えている。
よしよし、死んでないな。そうでなければ困るぞ。
「黒帯、巴御前、料理番。弱点の目玉を探してくれ。さっきはあったんだが、変形後に確認できていない」
「はいよー、ボス」
「なんでアタシがこんな悪趣味な物体をじっくり見なきゃなんないんだよ……ったく」
全員で協力して弱点を探した。
俺は、力加減を調節した絶妙な電流でじっくりとバケモノをいたぶるのに忙しい。
様子を見て駆け寄ってきたナビ女と衛生兵も合流し、総勢五人と一匹と一群体で内骨格型不定形生物を上から下まで検分したが、目玉は見つからなかった。
(ならば王よ、これでいかがか)
ノビ夫は長い体をバネのように縮こめた。
何をするのかと見ていると、バケモノに全力の体当たりをぶちかましたのだ。
「うおおーっ!」
全員の口から、思わず歓声が上がる。
かぶりつきの特等席で見る、超スペクタクルの怪獣映画さながらの光景だもんな。
これで血がたぎらなければ嘘だ。
首の代わりに触手を生やしたような有り様になっているバケモノの巨体は、ノビ夫によって大地に張り倒された。
「隊長ッ! 目玉発見! 発見したでありますッ!」
ちょうどバケモノの足側にいた衛生兵が興奮気味に叫んだ。
全員で移動して見れば、どうりでこの人数で探しても見つからなかったわけだ。奴め、小賢しくも足の裏に目玉を移動させていやがった。
俺は仕上げにかかる。
最後の電撃を食らわせると、バケモノは一度大きくのたうってからゆっくりと脱力し始めた。
すでに体表面を覆う液体筋肉を維持する力もなくなったのか、赤黒い粘液のように流れ落ちて骨があらわになっている部分もある。
「よし、黒帯。トドメは任せた」
巴御前と迷ったが、いざというときでも素手で対応できる利点を取って、まずは黒帯にレベルアップしてもらうことにした。
自分の顔を指さして「わたし?」と問う黒帯にうなずいてやると、彼女はニヤリと笑って指の骨を鳴らし始めた。
「おいしいところいただいちゃって、悪いね。それじゃあお言葉に甘えて、とっておきの一撃でキメさせてもらうよ」
黒帯は両脇を締めて気合を入れ、右手を手刀にして構えた。
その手にまといつく陽炎のようなゆらめきは、いわゆる闘気のようなものだろうか。
そして――
「せやぁっ!」
気合一閃。
今にも閉じかけているバケモノの目玉に繰り出された生身の指先が、そして手首が飲み込まれていく。刃物でもあるまいに。
ゴリゴリゴリグキグキグキギギギギ……。
赤黒い巨体が完全に脱力。
「やった! 倒した!」
後ろでは歓声が上がった。
俺も黒帯にうなずき、健闘を称える。
そしてもう一度内骨格型不定形生物に目を戻した。
黒帯が完全に潰した目玉の、その横に、人間そっくりの唇があった。
さっきからあったか? 気づかなかったのか?
その口がわななきながら開き、鋭い風切り音した。
俺の動体視力は、そこから何かが発射されたのを辛うじて捉えた。
その弾道――黒帯に視線を戻すと。
珍しく無表情な彼女の首筋から、まるで噴水のように鮮血が吹き出ていた。