05 そびえ立つ脅威
「各自、教科書やノート他、不要なものをカバンから出して、タオルや清潔な布と靴を入れるように。靴が複数ある場合は、何足あってもいい。それから家族にラインなりメールなりで無事を報告したら、すぐに電源を切ること」
ここまでは、俺がすでに行なった仕分けと同様だ。
「ナビ女は地図帳。料理番は小型ナイフ、なければ裁ちばさみやカッターでも可。火を調達できればいいが……ライターは難しいだろうな」
「待って」すかさずナビ女が食って掛かってくる。「なんなの、そのナビ女って」
やっぱりそう来る?
俺は自慢じゃないが、人の名前を覚えるのが苦手なんだ。
パーティ募集をして、一人ずつ徐々に増えていくなら、まだなんとかなる。だが、ちょっと流行りの新コンテンツの募集をしたときなど、希望者が殺到して一瞬で六人パーティが完成してしまったときが困るんだ。誰がどの職業でトリガーアイテム――コンテンツに挑戦するのに必要な道具で、一つあればパーティ全員に適用される――を持っているか、把握するまでめちゃくちゃ大変なんだぞ?
だから進学とか進級に伴うクラス替えだとかは迷惑千万。せっかくなんとなーく暗記したクラスの人間をシャッフルしてドーンとか、ありゃ嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
「いいか。俺たちはこれからパーティで行動する。各自が役割分担をするが、相互に連携するためには、誰が何の担当なのかを瞬時に判断できなくてはならない」
あまりにも時間をかけすぎたので、ナビ女が「ちょっと」とせっついてきた。せっかちな女もいたものだ。今のような非常事態には、こういう軽率な奴から命を落としていくというのがなぜわからない?
とりあえずゆっくり話し始めたら、うまい理由が思いついてきたので自信満々に続ける。
「そこでこのパーティでは、各自にコードネームを発行する。異論は認めない」
「む、むうぅぅ……」
もっと反対されるかと思ったが、意外にもナビ女以外から文句は出なかった。
そうだろうな。そんなことを言っている場合じゃないんだ、今は。
「衛生兵は、救急キットの維持を再優先とし、他に応急処置に使えそうなものを自分の判断で確保」
「イエス・サー!」
思った通り、衛生兵はノリノリだ。
敬礼は本職もビックリするほどビシリと決まるのに、乳は運動エネルギーを逃せないらしくブルンブルン揺れるのがまた――まあいい。
「黒帯と巴御前は、この中の」言いながら、掃除ロッカーをコンコン叩く。「ホウキを取り回しやすいように加工。その他、教室内で使えそうな物をかき集めてくれ。新聞紙、懐中電灯、電池、すずらんテープ、工具やナイフ、ビニール製などだ。ただし、教室からはまだ出るな。足りないものは脱出後、おいおい調達する。五分後にもう一度ここに集合だ」
「オッケー」
黒帯がサムズアップし、巴御前が無言で頷く。
散っていく五人の後ろ姿を見つめながら、俺は大きく息を吐く。
家には早く帰りたいが、状況は深刻だ。できれば然るべき機関がカタをつけてくれるのを待つべきだが、ここで待つわけにはいかない。
今の俺たちは、一階が燃えている家の二階にいるのも同然だ。いつ、あの得体の知れないバケモノが牙を剥いてくるとも限らない。
だから、安全な場所に避難すべきなのだ。水や食料が確保されていて、バケモノに対するある程度のセキュリティが維持できる――つまり安心して寝られる場所があるところで事態の沈静化を待ちたい。
だとすれば、目指すは警察署か、その付近にある学校だろう。
俺は、さっきから鳴り止まないクラクションの発信源に目をやった。
窓の外で、乗り捨てられた乗用車が停まっていた。
だが、そんなことはどうでもよかったんだ。
視界に、あからさまに不自然なものが入って、そちらに目をやる。
あれは――都心のほうだ。高層ビルが立ち並び、夜ともなればなかなかの夜景を見ることができた。
そこで、何かがゆっくりと立ち上がってくる。何に似ているかと言われると困るが、強いて言うなら――そうだな、ゴツいガスマスクをつけて、体中から管が出ているような人、に見える。それが、都庁よりデカくなければ。
そのデカいのを、俺はただ呆然と見ていることしかできない。
そいつはようやく直立すると、周囲を見回すように首をめぐらせた。直後に、光が。
俺の網膜に、都心部を囲むような光のドームが焼き付いた。
そして、ドームが爆ぜた。
騒いでいた連中が光に気づき、一斉に窓の外を見る。
「窓から離れろ!」
俺は、力の限り叫んだ。
「机を盾にして身を守れ!」
言いながら俺は掃除ロッカーから後退し、中央列の机を持ち主に無断で借用し、横に構える。もちろん、机の持ち主も一緒に庇ってやる。
教室内は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。各自机や椅子を横にして、身を隠そうとし始める。パニック状態だからか、誰も疑問を口にすることなく、条件反射で行動しているようだ。
十秒かそこら経った頃、爆発音と揺れが襲いかかってきて、窓ガラスが弾け飛んだ。