48 シャベルとモップと素手とタマゴの最終防衛ライン
「ですねー。あとは畑がうまくいってくれれば――」
遠くでザリガニ臭がするようになった頃。もう十分もいけば、プチ子ダンジョンの学校側出口に到着するというときだ。
前を行くナビ女が軽快な喋りを急に止めて、鋭く俺を振り返った。
何か、来たんだな。
それだけのアクションで、最低限ヤバい事態だと察せるくらいには、俺とナビ女との間の連携は取れている。
さて、問題は相手だ。
ユカに背中から降りてもらい、シャベルを握り直しながら問う。
「どんな相手だ?」
今は、非戦闘員を抱えているため、できれば団体さんを相手にはしたくないところ。
だがナビ女の表情を見る限り、事態はそう甘くないことが知れた。
「こ……昆虫人間の集団が接近中」
「プチ子?」
ここで、このタイミングでプチ子反乱?
今まで良好な関係を築けていたのは、策略だったのか?
硬い外骨格の脚が集団で地面を叩く物々しい足音が、後方から接近してくる。
俺はパーティの後ろに回り込み、メンバーを背にして身構えた。
通路を曲がって、甲虫人間の集団がマシーンのように正確な駆け足で接近してくる。
そうだよな、あれ全部プチ子だもんな。
なぜだ。俺、お前を信じてたんだぞ。
(あっ、人の王)
集団の先頭が、めっちゃフレンドリーに手を振ってきた。
普段からあまり抑揚のない合成音声みたいなテレパシーの声なので、こういう場面ではひどく間抜けに感じる。
(大変です、人の王の塚が襲撃されます)
「襲撃だと? どんな相手だ?」
(はい。相手はギギギカッカチカチカチカチカチギュリギュグ――)
「わかった。特徴を教えてくれ」
忘れていた。この世界のバケモノの固有名詞は、理解できないし発音できない。
そして、上からも超低音でぐわんぐわん言うのが聞こえてくる。
(内骨格型不定形生物です。共食いして巨大化した王が、調子に乗って襲ってきたようです)
「内骨格……不定形……またあの腐ったフライドチキン野郎か!」
(塚にいる皆様には、プチ子の判断でこちらに誘導していますが、問題ありませんか?)
「でかしたプチ子、ありがたい。こいつらも」俺は先頭の昆虫人間の後ろに続く部隊に目をやって言う。「使ってくれるのか?」
(これは、気休め程度です。相手が巨大なので、踏まれても死ににくい種類にしました。あとは別の塚から航空部隊をいくらか)
「助かる、ありがたい。俺もすぐに加勢する」
この場をナビ女に任せ、俺は出口に向かって駆け出した。
前方から、悲鳴と怒号、叱咤するような励ますような声、そして純粋な泣き声が一緒くたになった、混沌とした音が近づいてくる。
学校の連中だ。
「宮沢!」
「ちくしょう、てめぇこんなときにどこほっつき歩いてやがった!」
「ふざけんな何とかしてくれ!」
見つかったとたん、先頭集団に挨拶もなく罵倒された。
俺としては返す言葉もないわけで、「何とかする」と頷くことしかできない。
「あれ、宮沢?」
「やった! 戻った!」
「おっしゃー! これで生きられる!」
「宮沢の死亡フラグ破壊力ハンパねえ!」
次の集団には歓迎されているようだ。
防災ずきん装備の気合の入った奴もいるな。
いつぞやの婆さんもいくれて安心する。
安心しろ、ちょっとばかり自分のことを優先して迷惑をかけた自覚はあるから、頑張らせてもらうさ。
すれ違う人数もまばらになり、最後にパラパラとマンホールを降りてきたのは、生徒会の連中だ。
いかにもな秀才顔の生徒会長が、心底ホッとした顔で尋ねてくる。
「お前が戻ったからには、もう大丈夫……だよな?」
「任せろ。今の俺は超強い」
実際のところ相手を見て攻撃パターンを確認しないことには確証などないのだが、ここで「わからん」と言うほど士気クラッシャーではない。
マンホールから顔を出したとたん、ザリガニ臭は硫黄臭に切り替わる。
二日やそこら空けただけだが、懐かしの古巣だ。
大型の機械が振動するのに似た音はいよいよ大きくなってくる。
これまですれ違った生徒の中に、パーティメンバーは一人もいなかった。
つまり、この状況を自分たちが戦うべきものだと判断し、今まさに迎撃の準備を整えているのだろう。
今になって思う。俺は自分で作ったパーティのメンバーを、ナメていた。
まさか世界が崩壊しているとは思いもよらなかった頃、帰宅パーティがそろったときに、コミュニケーションの取りやすさや純粋な火力という面から見て「全員女かよ……」と思ったのは事実だ。
だが俺は今、訂正する。
校門の向こうから、せり上がりつつ前進してくる巨大な不定形生物。
迎え撃つは、一歩も通すまいと立ちはだかる五人の少女たち。これが戦闘服だと言わんばかりに、揃いの学生服が風を受けて誇らしげにはためく。
「あーら、これでようやく役者がそろったんじゃなくて?」
「隊長ッ……と、茜も一緒でしたかッ! しかしその様子は……」
いつの間にかついてきていたナビ女を、パーティメンバーがまじまじと見つめる。
「なんだ、駆け落ちじゃなかったのかい」黒帯はひとしきりニヤニヤしてから表情を引き締めた。「それじゃリーダー、ビシッと頼むよ」
「ああ」
俺はみんなより一歩余計に踏み出し、背中に言う。
「わかっていと思うが、今回のミッションだ。アレを生きて帰すな。内骨格型不定形生物を討滅せよ!」
五人が景気の良い声で応じた直後、俺たちは今までで最大の敵とエンカウントした。