46 俺が強すぎて尺がたりない
予想していなかった状況を目の当たりにしてしまい、やや放心していた俺の顔に、風が吹きつけてくる。
それは、次第に強くなっていく。
服の裾が千切れんばかりにはためきだしたとき、俺はようやく我に返って、再び地下へと避難した。
爆発によって巻き起こされたものであろう暴風が、恐らく道中のあらゆるものを巻き込んで駅舎に叩きつけようとしている。
頭上では、本能的な恐怖心をかきたてる音が鳴り響いていた。
たぶん、夜中に家のドアを何者かがものすごい勢いで叩いたら大抵の奴が怖いと思うだろうが、今はその二百倍くらい怖い。
キレて「何してくれとんのじゃテメー!」と怒鳴りながらドアを開ける気にもならないほど、めちゃくちゃ怖い。
ただひたすら、この風が収まってほしい。暴力的な音が鳴り止み、静けさが戻るのを切望する。
どんなに粋がったところで、人間というのは暴風や豪雨などの天災に見舞われたら、頭を抱え込んでやり過ごさざるを得ない生き物なんだなあ。
だいぶ降りたところの階段に座り込みながらそんなことを考えているうちに、上が不意に静かになった。
立ち上がると同時に、頭が通常運転に切り替わる。
そういえば、爆発は俺の家の方角で……。
待て待て待て、ふざけんなよ。
俺はシャベルを短めに持ち、全速力で駆け出した。
走ること、ものの一分。
ありがたいことに、障害物となる建物は爆発できれいに吹っ飛んでいたため、文字通り一直線に自宅へと向かえた。
ユカ、そしてお母さん。無事でいてくれ、無事でいてくれないと困る。
そうだ。
俺はユカが幸せになるためなら自分の人生を捧げてもいいくらいに愛しているが、同時にカーチャンAAで夜中に号泣するほどお母さんも大好きなんだ!
マザコンだと、笑わば笑え。
俺は――
目印になるものが一切ないため当て推量になるが、多分俺の自宅であろう地点の上空に、異物があった。
左右一対の角が生えた頭部。
甲冑でも身につけているかのように、肩と肘、腰の部分が張り出している。
背中からはトゲというか角というか、鋭利な突起が雑に生えていて、腰から下――つまり脚はなし。
目算で三メートルかそこらの異物は、「脚なんか飾りです」で有名なメカに少し似ている。
そいつが両手と額らへんから熱線のようなものを照射していた。
目に熱い光の束が光度を増すに従い、地面に口を開いた裂け目からも炎が吹き上がる。
熱線が照射される先には、シャボン玉を横半分に割ったみたいな透明のドーム。
中にいるのは、俺の愛する――
頭部が熱くなったと思ったときにはすでに、俺の周囲半径五十メートルくらいの空間に、無数の雷が走っていた。
自分でやっといて、目がおかしくなる。視界のすべてに三十センチ間隔くらいで同時に落雷するさまが、網膜に焼きついたのだ。
ちなみに甲冑っぽい奴は、何か突然爆発して消えた。
あああ……やっちまった。
大事な家族を散々ビビらしてくれたんだから、時間をかけて追い詰め、命乞いくらいはしてもらおうと思っていたのに、痛恨のミスだ。
ノビ夫も、ほとんどの魔物が雷に弱いと言っていたしな。
何度も目をしばたかせていると、シャボン玉の中で小柄な人影が元気にジャンプしているのが見えて、まずは胸をなでおろす。
それにしても、これはよく言うところの「カッとなってやった」というやつだろうか――もちろん反省していないが。
生まれてこのかた、キレた経験がないので実際のところはよくわからない。
ユカがたまたま防御系のすごいスキルを持っていたから無事だったようなものの、ナビ女だったら爆発していたな。
いや、俺だぞ? そこにユカがいるなら、たとえどんなにキレていようが絶妙なコントロールで安全地帯を確保していたはず。
だとしても、俺は二度とカッとはなるまいと心に決める。
力を持つと、相応の責任もまた負わなければならない……そんな厨二っぽい格言があった気もする。
そして今、俺の眼前に展開しているのは、とても幸福な光景。
焼け焦げて真っ黒の焼け野原を、白いスカートの裾を翻して子犬のように駆け寄ってくる、小さな体。
その顔は掛け値なしの笑顔で、見ているほうもつられて、顔の筋肉がじわじわと笑みの形を取るのがわかる。
まさしく、俺が願い続けた瞬間の到来だ。