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44 オートリーダースキルをかなぐり捨てて地雷パーティを組む

 俺の申し出に、ナビ女は無言で力強くうなずいた。

 よし、これで彼女は俺の計画について他言する恐れはないだろう。


 あとは……プチ子には釘を刺しておく必要があるな。

 なにせ、これから俺たちが潜りに行く地下は、プチ子の縄張りだ。その至る所に存在する虫どもは、プチ子と意識を共有している――というより、全固体がプチ子の自演みたいなもの。

 この後、俺とナビ女が謎の失踪を遂げて学校がちょっとした騒ぎになったとき、プチ子が気を利かせて「地下にいますよ」なんて言ってくれたら計画がおじゃんになる。


 俺はナビ女に、他の連中に気づかれないよう準備しろと言いつけて、プチ子を軟禁してある教室へと向かった。


 甲虫人間の……ガワとでも言えばいいのか、鎧のようなパーツを全解除したプチ子は、子供くらいの背丈の白いカマキリだ。

 ガワでだいぶ背丈を盛っていたようだ。あと、すごい内股だな。

 つぶらな黒い目とフワフワの触覚のせいか、どこからどう見ても虫なのに、不思議カワイイ。ふしカワ。少なくともナビ女よりは。


 俺が教室のドアを開けると、すぐに気づいてフラフラと歩み寄ってきた。

 もしかすると教室の床が滑って、うまく歩けないのかもしれない。

 待ってろプチ子。帰ったら何とかしてやる。


(人の王、プチ子にご用ですか?)

「そうだ。協力を頼みたい」

(プチ子にできることなら、なんなりと)


 素直でエエ子や……。

 関西人でもない俺にそう思わせてしまうとは、やるなこいつ。


「訳あって、遠出しなければならなくなった。そこで、お前の領土を通らせてもらいたい」

(ええ、どうぞ。ご自由にお通りください。ですが、ヒカリゴケで明るくできていない部分がほとんどなので、灯りは忘れずにお持ちくださいますよう)


 こいつ……虫なのに気遣いができるだと?

 ノビ夫のときから何となく思っていたが、魔物って話の分かる奴が結構多い気がする。一部わけわからん奴もいるようだが……フライドチキンの残骸系とかな。

 封印する必要あったのか?

 魔物を地球に封印するというはた迷惑な蛮行に出た異世界人のほうが野蛮人に思えてくる。


「もう一つ。この件について、他の人間には伏せておいてほしい」

(承知いたしました。単なる好奇心ですが、理由をうかがっても……?)


 まあ、急にそう言われたら誰でも気になるよな。

 さすがにプチ子には、ナビ女と同じ手は使えない。

 だって、こんな純水そうな虫の心をもてあそぶなんて酷いこと、いくら俺でも無理だからな。

 だからやむなく、別の理由をでっち上げた。


「サプライズだ。計画が成功したら、状況が一気に好転するかもしれない。だから、みんなを驚かせたいんだ」

(ふふふ……素敵ですね。そういうことでしたら、お任せください。人の王の行方を尋ねられても、うまくはぐらかせておきましょう)


 ちょ……ちょっと良心が痛むな、これは。

 何だか帰ったら本当にビッグなサプライズを用意しなければいけない気持ちになってきた。


 二日分の水と食料を詰めたカバンを手にぶら下げて外に出る。

 もともと地味な外見が功を奏し、俺の存在に気づいている奴はいないようだ。よしよし。


 離れたところからマンホールを降りるタイミングを図る。

 ふと聞き慣れた声に目をやると、プレハブ倉庫が立ち並ぶ区画に黒帯と料理番、そして衛生兵がいた。

 恐らく、化学班の連中が開発した地面から水を得るマシーンの様子を見に来たのだろう。

 彼女たちの表情から察するに、成果はまずまずのようで、俺の顔にも自然と笑みが浮かんだ。


 しかし十秒も経たないうちに、俺の心からは再び軋んだ音が聞こえてくる。

 やっぱり、最低でもあともう一人、衛生兵に同行してもらったほうがいいのではないかという考えが胸中に渦巻き始めた。

 俺は大丈夫だとしても、ナビ女が負傷しないとは限らない。

 敵襲なら俺が守ればいいが、あいつの場合はそれ以外の――たとえば飛び込み前転でもするかのようなフォームでコケないとも限らない。

 応急処置程度だとしても、スキルのある人間を連れて行くべきなのでは……。


 そうまで考えて、俺はこの計画のヤバさにはたと気づいた。

 言ってみれば、ヒーラー不在のパーティで長距離行軍しようというのだ。

 こんなパーティをもし『BB』で組んでしまったら、集まったメンバーに急用を思い出されたり回線を引っこ抜かれたりしても不思議じゃない。

 こっちだって、文句も言えない。


 黒帯たちが、プレハブの上から校庭の方へ走っていった。

 他に周囲に人気はない。

 今がベストのタイミングだ。


 結局俺は、衛生兵に声をかけることなく地下世界へと降り立った。

 マンホールの下にはすでに、ナビ女がいた。

 こうなったらもう、ナビ女が少しでも転びそうになったらラッキースケベが起こるのも辞さない勢いで地面と彼女との間に我が身をねじ込むほかあるまい。


「待たせた、すまん」


 時間を決めてあったわけでもなし、別に俺に謝る必要性はなかったが、とりあえず言っておく。

 するとナビ女、「別に、いいから」なんて頬を染めて言うではないか。

 ……寒気がした。


 そして……おお神様、あろうことかナビ女は俺に向かって手を差し出したではないか。

 「金をくれ」でも「お控ぇなすって」でもないことはよくわかっている。

 だが俺の脳は、その行動の意味を理解することを頑なに拒んだ。


 ものすごい無表情でたたずむ俺に、ナビ女はしびれを切らす。


「手、つないで行くわよ」

「勘弁してくれ。お母さんと手をつないだほうがまだマシだ――あ」


 うっかり心の声がダダ漏れた。

 すぐ「冗談に決まってるだろ」と言ったが、素直な自分グッジョブと思っている俺もいる。

 そういえば、ちょっと前にもこいつと握手をせざるを得ない拷問みたいな展開があった気がする。

 今回は理由を尋ねた上で何とかけむにまき、拒否権を発動させたいところだ。


「ここがプチ子の領地で安全とはいえ、やはりいつでも戦える状態にしておかなければ不安だ」

「あのね、私は別に、ただ単に手をつなぎいわけじゃないのよ」


 そんな予想外の切り返しをされてもビビる。

 俺はなるべく丁寧に――なにせナビ女に駆け落ちを持ちかけたのは俺だし――理由の説明を求めた。ついでに謝罪と賠償も要求したいところだがやめておく。


「東京湾に行くんでしょ? 長いし複雑な道のりになるから、はぐれたら大変よ」

「はぐれたらそのときは、お前が見つけ出してくれればいいだろう」

「無理言わないで。私が位置や状況を把握できるのは、バケモノだけよ。はぐれたら私だけは目的地にも行けるし学校にも戻れるけど、宮沢は道に迷って死んじゃうわよ」


 そう……なのか。

 まあ俺もいざとなれば、そのへんにいるプチ子の分身的な昆虫人間に学校まで案内してもらえるけれどな。

 ギリギリまで口から出かかったが、多大なる勇気と自制心でもって抑え込んだ。

 そして、心のBGMに「ワルキューレの騎行」をかけて自ら鼓舞しまくってから……血反吐を吐く思いでナビ女の手を取った。

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