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43 そういえばこいつ、何て名前だっけ

「言いたいことがあるなら、早く言ってよね。私だって、暇じゃないんだから」


 屋上の柵にもたれ、スカートの裾をいじりながら、ナビ女が上目遣いにそう言った。

 この女の言うことにいちいち律儀に反応していては埒が明かないので、俺は自分のペースで話を進めることにした。


「このままでは、いつまで経っても何も変わらない。だから俺は、一気にレベルを上げて、バケモノどもを統一することにした」

「そうすれば……世界が元通りになるの?」

「元には戻らないだろう。俺たちの地球に、バケモノの世界が融合した結果が、今だ。だが俺は、どうにかして地球からバケモノの世界をひっぺがすことができたら、復興の見込みはあると思っている」


 ナビ女は俺と目を合わせなかったが、落ち着きなく目を泳がせていた。

 確かに、いろいろと考えることはあるだろう。

 ここは、彼女の気が済むまで思案させてやるのが正解だな。


 一分かそこらか。

 ナビ女はおずおずと視線を上げて、ためらいがちに口を開いた。


「宮沢は……私に、その……何かを告白するつもりで呼んだわけじゃないのね?」

「もちろん」


 めちゃくちゃイライラしている気持ちとは裏腹に、限りなくあっさりしたセリフが飛び出した。


 してほしいのか、告白?

 すれば黙るのか?

 だったらしてみようか?


 そんな恐ろしい考えさえ去来してきて背筋が寒くなった。

 ダメだ、こいつに口を開かせちゃいけない。


「俺は、とある地点に能力を急上昇させるカギが存在していることに気づいた。一刻も早く、そこへ向かうべきだと思う」


 ユカ――妹がすぐ近くで応援してくれるなら、俺は何だってするし、実力以上の力だって出せる。どんな無茶も無理も現実にしてのけられるだろう。

 だから、嘘は言っていない。


「ただ、その場所はここから少し距離がある。今までみたいに近所を散歩がてら……というわけにはいかない」

「どれくらい離れてるの?」

「直線距離で十キロほどだ」

「冗談でしょ? こんなバケモノだけらの外を十キロも行くなんて、できっこない。他の案を考えたら?」


 予想通りのリアクション。

 まずは第一段階をようやく突破だ。


「ルートは考えてある。極めて安全だ。しかし、問題がある」

「遠いってこと以上の問題ですって? 一体なんなのよ」

「三日程度、ここを安全に留守にしたい。王を何匹も討伐した俺がいるから周囲のバケモノどもはおとなしくしているという面が、うぬぼれを抜きにしても少なからずあると思う」

「えーっと……プチ子を疑ってるの?」


 唇に指を当てて考えてから、ナビ女がいくぶん真面目な面持ちで訪ねてきた。

 俺も茶化すのをやめて応じることにしよう。


「それも多少はあるが、生徒全体という面もある。こうなる前にヤンチャだった奴らも、今はおとなしい。俺に対して間違っても『根暗』だの『コミュ症』だの言ってこないのは、そんなことをしたら自分の身が危険だと思っているのかもしれない」

「そこで宮沢が三日くらい留守にするってなったら……」

「ここぞとばかりにヒャッハーしかねない」


 見た感じ、生徒会はもうヘロヘロだ。

 暴動とまではいかないが、好き勝手に振る舞おうとする奴が出てきたとき、それを押しとどめられるかというとかなり怪しい。

 だから、と俺は声を低めた。


「あえて誰にも何も告げず姿を消そうと思う」

「ちょっと、正気なの?」

「俺はいつでもお前より気は確かだ。いいか、『三日後に戻る』と宣言するのは、二日間留守にすると言っているのと同じだ。だが不意に行方がわからなくなれば、誰も俺がいつ戻るかわからない」

「そうでしょうね」

「勝手なまねをしようとしたまさにそのとき、俺が前触れもなく戻ってくるかもしれない。その心理に賭けるつもりだ」

「待ちなさいよ!」


 思わず大きな声を出してしまってから、ナビ女は慌てて口をふさいだ。

 俺が無言で見つめるのに対して、非難がましい目つきで睨んでくる。

 黙っていて、なおかつそういう表情をしていると、多少色っぽく見えなくもない。

 もともとナビ女は、顔は悪い方じゃないんだ。性格がアレなだけで。


「みんな心配するじゃない。いくら宮沢が強いからって、どっかで不慮の事故かなんかに遭うかもしれないんだから。無事に目的を果たせたとして、どの面下げて戻ってくるつもりなの?」

「世界を元通りにする糸口をつかんで戻れば、最終的には許してくれるさ」


 ――というのは真実ではない。

 正解は、「妹がそばにいるなら、誰に何を言われようがもはやどうでもいい」でした。

 もちろん、ナビ女には伏せておくが。


 そしてさらに、俺はとっておきの秘策を使うことにした。


「それでな、折り入って頼みがある」

「大方、そのだましうちの片棒を担げって言うんでしょ?」

「まあ、大きく間違ってはいない」俺は俯き加減で眼鏡を押し上げてから、ナビ女と目を合わせた。「俺と一緒に来てくれないか?」


 ナビ女が固まった。

 一秒。

 二秒。

 悪い病気か何かみたいに、首から上が急速に赤く変色していく。

 口元はわなわなと震え、手は一切の落ち着きを放棄した。


「そ……そっそっ、それって……」蚊の鳴くような声とは、まさにこのこと。「か、駆け落ちって思われるじゃないの……」

「そのつもりで言っている」


 すまんな、ナビ女。


 ユカ。

 お兄ちゃんはお前のためなら、平気で悪魔に魂を売れるんだ。

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