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40 べ、べつにアンタとそこまで話したかったわけじゃないんだからね(意訳)

 フルアーマーの騎士が身動きしたらこんな感じかと思うような音。

 俺はシャベルを構えたまま料理番、衛生兵、ナビ女の横をすり抜けて回り込み、彼女たちを背中に庇って身構えた。


 ――こ、来ないのか。

 奴らはただ、俺たちに向き直っただけで、仕掛けてくる様子はない。


「奴ら……何もしてこなかったよな?」

「方向転換しただけ、みたいだね」


 変な汗かきまくり。

 もつれそうになる舌をなだめすかして尋ねると、ほとんど同じ状態らしい黒帯が反応してくれた。

 他のメンバーは、驚きすぎて声すら出なかったクチか。巴御前を除いて。


「やはり俺たちは、呼ばれたんだな」

「ちょ、ちょっとどういうことなの宮沢?」

「あるいは、ここに来るよう仕向けられた」


 まとわりついてくるナビ女を放置したまま、俺は陣形の戦闘に戻って、再びそろりそろりと歩きだした。


 俺の予想が間違っていなければ、おそらくこいつらの王とは話ができる。

 条件次第だが、お互いに約束事を取り決めて平和条約というか休戦協定というか、そういう方向性に持っていくのも可能だろうな。

 だとすれば、だ。この虫どもの棲家にいる間、攻撃的な行動は慎まなければならない。

 明らかに殺意を持って襲いかかって来たとしても、極力痛めつける程度で済ませたいところ。

 奴らは俺たちを見ている。そして、試している。

 このダンジョンめいた虫の居城は、そのために作られた。


「この先二十メートルくらい、十字路みたいになってるんだけど、その左右をバケモノが行ったり来たりしてるわ」

「わかった」


 ここまで来ると、空気はいっそ清浄と言ってもいいくらいだ。

 ナビ女も、文句を言わずに仕事してくれるのでありがたい。


 あとは、ずっとそんな感じだ。

 要所要所にバケモノが配置してある。そいつをぶっ倒せばその先に進むことも可能だが、回避することで別のルートに誘導される。

 それを繰り返し、俺たちは奴らの目的地へと誘われていくのだ。


 その間、襲ってくるバケモノは、ゼロだ。

 俺たちから目を離すことこそないが、目の前を横切ろうが手を伸ばせば届く距離をすれ違おうが、一切手出しはしてこない。

 油断なく構えた俺のシャベルが滑稽に思えてくるほどだ。


 それからさらに、二時間ほど進んだ頃。

 さすがに足首の辺りが痛くなってきたなと思っていると、料理番が「疲れた」と言い出してくれた。

 俺は全力でそれに乗っかり、敵陣のまっただ中ではあるが、しばしの休憩を宣言した。


「だいぶ歩いたね」

「はいッ! 広い博物館をルートに沿って進んでいるようでありますッ!」

「どれくらい進んでいるんだ? ……美味いなこれ」


 ウンコ座りで交互に足首を揉みほぐしながら、料理番にもらったチョコ味の蒸しパンみたいなのを頬張りつつナビ女に尋ねる。

 蒸しパンよりも噛みごたえがあって、腹にたまる感じだ。

 他のメンバーも口々に美味いと言い、料理番は高笑いしている。

 ――敵陣のど真ん中で、な。


「そうね……距離にすると三キロちょっと、ってところかしら」

「ノビ夫の言っていたとおり、他のバケモノに比べて縄張りが広そうだな。敵の配置はどんな感じになっている?」

「私たちに見える部分は、見たまま。でも進まなかった通路の先なんかには、やっぱり小部屋がいくつもあったり、たくさんのバケモノが列をなして行ったり来たりしてたりするわ」


 なるほど。俺たちがうかつな行動に出たとき、裏に控えているバケモノどもが大挙して押し寄せる準備は万端ということか。


「それで、この先なんだけど……ちょっとヤバい感じなのよ。言ってもいい?」

「聞かせてくれ」

「ここの入口くらいの、だだっ広い部屋があるの。で、そこにはバケモノがビッシリと等間隔で並んでるのね」

「それは、間をすり抜けられるくらいの間隔なのか?」

「無理じゃないかしら。間隔よりもバケモノ本体のほうが、幅ありそうだもん」


 俺は澄ました顔のまま、胸の内で頭を抱えた。

 これはアレだ、バケモノどものムチャぶりだ。

 つまり、先に進むには並び立つバケモノたちにガンガンぶち当たりながら行くしかないわけか。


 その一、バケモノを押しのけながら進む。反撃されるかどうかは未知数。

 その二、パーティメンバーを待機させ、俺だけ先に進む。残したパーティが無事かどうかは賭け。

 その三、部屋のバケモノどもを一掃する。生きて地上に戻れるかどうか微妙。

 その四、回れ右して帰る。無数のバケモノが追いかけてくる撤退戦イベント強制突入の恐れアリ。

 どれも決め手に欠ける。


 ひとまず俺はみんなに出立を促し、ナビ女の言うヤバい部屋の入口まで前進した。

 その先に広がっている光景は、ひと言で表現するなら、まるで兵馬俑だった。

 カナブンみたいに光沢のある昆虫をスレンダーにし、なおかつ人型っぽくしたような甲虫人間が、体育館くらいの広さの部屋に整然と直立している。

 蟻人間よりも、明らかに守備力が高そうだ。


 俺は、いつでも合流できる距離にパーティを待たせ、一番手前にいる甲虫人間のところへ一人で近づいた。


「おい、俺の言葉がわかるか?」


 甲虫人間はノーリアクションだ。

 複眼のせいか、こっちを見ているのかどうかも怪しい。

 だが俺は、構わず続けた。


「ここのボスと話をしにきたんだが、焦らされてあまり愉快な気分ではなくなった。帰る」


 甲虫人間の複眼をにらみつけながら、不快感をあらわにした表情で言ってはみたが……人間の感情表現が果たしてどこまで伝わるやら。

 残念だが、もう次はないというニュアンスも込めたつもりだ。あくまで優位なのは俺だという立場は崩さない。ハッタリでも何でも、使えるものは使う。


 それから、甲虫人間の肩――と言っていいのか、とにかく胸部と前脚の付け根の辺りを親しみを込めてポンとたたき、背を向けた。

 悠然とした印象を残すことを意識しつつ、ゆっくりと部屋から退場。


 本当に帰っちゃうよ? いいの? このまま帰したら、次は戦争になっちゃうぜ?

 ノビ夫と俺は、テレパシーのような何かで意思の疎通ができることを思い出し、念のため心の中でもそうつぶやいてみる。


 予定通りパーティメンバーと合流。

 そのまま方向転換して帰ろうとしたとき――


(お待ちください)


 よし、来たぞ。

 女の声だ。

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