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39 エターナル「押すなよ! 絶対押すなよ!」

「あのゴミ虫ども、ずいぶんと生意気なマネをしてくれてるじゃないの。どう見たって、これ――」

「ああ、そうだね。この下水道は、丸っと作り変えられてるよ」

「やっぱそうよね? 私がイメージしてた下水道と全然イメージ違うんだもん、ビックリしちゃった」


 彼女たちの言うことは、もっともだ。

 だがそれ以上に気味が悪いのは、どう考えてもこの――入口としか言いようのない空間が、人間向けに作られていることにほかならない。

 虫どもが出入りするためだけなら、わざわざ階段など作る必要はない。ご丁寧にマグライトなしで行動できるほどの明かりを確保する理由もないはず。


「もしやこれッ……罠でしょうかッ?」

「ナビ女、どうだ?」

「うーん……」どこか遠くを見るような表情のナビ女の、言葉の歯切れはいつにも増して悪い。「すぐ先に、ちょいデカめの敵が二匹いるのよ。で、虫っぽい奴らって索敵範囲がほかのバケモノより多少広いのね。それで私たち、すでにその二匹に気づかれてるの」


 ナビ女の言っていることは淀みなく理解できたが、俺はすぐには口を開けなかった。

 いろいろな意味で、リアルなホラー映画みたいな状況だ。

 だって、今この瞬間も二匹の虫どもが俺たちをじっと見つめているんだぞ? 向こうの気配はまったくわからない。それでいて襲い掛かってくる様子はない。

 ストーカーにこっそり監視カメラでも仕掛けられていて、メールか何かで突然「今日の服もよく似合ってるね」なんと届く――そうした状況に置かれたら、あるいはこんな気持ちになるだろうか。


 何にせよ、いつでも不意打ちを仕掛けられる利を得ていて、それを行使しない……つまり、生殺与奪権は自分たちにあるのだと暗示されているような現状が、俺にはとても気持ちが悪かった。


「こうしていても仕方がない。進むぞ」

「やっぱ行くのね……もー、ほんと男子ってオバカなんだから」


 ――なんてセリフはもちろん、華麗にスルーだ。

 代わりに俺は、パーティの両翼を担う二人に声をかける。


「黒帯、巴御前」

「あいよ」

「相手の考えが読めない。襲ってきたら言うまでもなく反撃だが、仕掛けてこない場合はこちらから手出ししないでくれ」

「オーケー、ボス。でも、珍しいねえ」


 わざわざ横を向いて顔を覗き込みはしなかったが、その声音で黒帯が笑みを浮かべているのが容易に想像できた。


「何がだ?」

「宮沢は今まで、これから起こることを全部あらかじめ知ってるみたいにわたしたちを指示を出していたじゃないか。そんな宮沢でも予想がつかないことがあるなんて、ちょっと意外だったんだよ」

「それで今回、ガッカリしたわけか?」

「違う違う」今度こそ黒帯はハッキリ笑ってから続けた。「逆だよ。締めるべきところはちゃんと把握していて油断しない。つくづく良いリーダーと行動できて、ラッキーだったなと思ってさ」

「それは……どうも」


 画面越し、つまりネトゲでなら毎日のように称賛され慣れているし、「おまえスゲー!」だけなら最近何度も経験した。

 けれどもこう面と向かって評価ポイントを挙げて褒められるという経験はついぞしたことがないため、反応に困った。

 こういうときは「いやいや、そんなことないよ」と言うべきなのか。それとも「当然だろ」みたいに返すのが良いのか……。

 判断に迷った挙句、何のおもしろみもないリアクションを取ってしまった俺だった。


 シャベルを正面に構えたまま、慎重に足を進める。

 何せ、相手は虫だ。巧妙に隠された落とし穴が仕掛けられていたとして、何の不思議もない。

 ゆっくりと階段を上り、次なる通路へとつながる境界線を踏み越えた。


 見える。

 五メートルほど前方に、バケモノが二匹。ただし、そのフォルムは俺が予想していたものと大きく違っていた。

 言うなれば、蟻をベースにしたっぽい昆虫人間。これまで見た大ダンゴムシが、最大でも全長五十センチほど、高さに至っては二十センチかそこらだったのに比べて、今見えている奴らは黒帯くらいありそうな感じだ。

 つまり、直立していてデカい。

 そいつらがまるで――と言うよりも確実に、門番としてこの通路を守っているのだ。


 俺たちの姿は明らかに目に入っているはずなのに、二匹とも微動だにしない。

 ただし、頭頂部から前に突き出している触覚だけが、微かに向きを変えたように思えた。

 いつ来るか。どれくらいの距離が奴らの間合いか。

 緊張感から手のひらが汗ばんでくる。

 手の中のシャベルが、ぬるりと滑る。


 そろそろ来るか――四メートル。

 いい加減来るだろう――三メートル。

 ここで来ないなんておかしい――二メートル。


 もはや完全に間合いの内。

 俺がその気になれば、瞬殺できる自信はあったが……こいつらの背後に何千、下手すりゃ何万の虫が控えているかと思うと、そうするのが得策だとはとても思えない。


 なぜ……なぜ来ない――一メートル。

 もう、手を伸ばせば届く距離だ。

 忙しなく左右の蟻人間に視線を走らせているため、眼の奥が痛い。

 呼吸が浅くなっているせいか、やたらと息苦しい。

 むしろ来てくれたほうがよほどありがたいくらいの気持ちなのに、奴らは来ない。


 そして――俺たちは並び立つ蟻人間の間を通過した。

 その瞬間だ。

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