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35 トイレのトラブル(EXTREME)

 三階にある自室――教室内を机やらパーテーションやらで区切って、一応プライバシーを確保してある――で就寝中の俺は、夜中にふと意識を浮上させた。

 得体の知れない再生力で治りかけている肩の傷だが、やはり若干の痛みが残っていたため眠りが浅かったのだろうか。

 なぜ目覚めたのかわからず、真っ暗な教師の天井からぶら下がった蛍光灯を見るともなしに見つめながら、もう一度寝直そうと思ったとき――


 きゃあああ!


 布団を跳ね除けて立ち上がったときにはすでに、手にシャベルを握っていた。しかし、視界不良の状態に気づき、結局は「メガネメガネ」をする羽目になる。


「おい、下で何かあったぞ!」


 叫びながらシャベルの背で教室のドアを叩き、起床を促す。

 それにしても、見張りは居眠りでもしていたのか? 

 生徒会は、二十四時間校舎の警備に隙ができないよう、ローテーションを組んでいた。四階建て校舎の各階に一人ずつと、屋上に一人。さらに巡回が二人と、通用口の外にも二人ずつ。

 夜間はノビ夫も校舎の外を巡回してくれているわけで、敵襲だとすれば、それをかいくぐったかぶっ倒して侵入してきたということになる。


 緊張に奥歯を噛み締めつつ廊下を駆ける俺の足元を、何かがものすごい速さで駆け抜けていった。


「うおっ!」


 危うく転びそうになり、体勢を立て直しつつ振り返って見たが、すでに何かは視界から消えていた。

 くそ、暗くてよく見えない。

 次に、前方から足音が近づいてくる。明らかに恐慌状態に陥っているのが音でわかる。

 俺は相手に安心感を与えるため、今までの人生で出したことがないような柔らかく落ち着いた声を作った。


「俺だ、宮沢だ。どうした、下で何かあったのか?」

「あっ……み、みやざわさ……あのっ、むむ、む、むしが!」


 今にも過呼吸に陥りそうな女子生徒は、多分二年生だろう。

 震えているのか足踏みしているのか、その両方か。足を忙しなく動かしたまま、ようやくそれだけ言い切ることができた。

 それ以上は舌を噛みそうになって続行不可能と判断する。状況を直接見たほうが早そうだ。


 まばらに教室の電気がつき始め、廊下も明るくなってきた。

 階段にたどり着いたとき、下から登ってくる茶色っぽい物体を目にして、俺は合点がいった。


 こいつには見覚えがある。

 すべてが始まったとき、まだガラスが健在だった窓の外に降り注いでいた物体――丸まった状態でバレーボール大の茶色いダンゴムシ――は、校舎の脇のマンホールに消えて行った。何千……ひょっとしたら何万か。

 ちくしよう。縄張りは地下が別扱いになるのかよ。


 二階に飛び降りると、廊下は茶色に埋め尽くされていた。

 大ダンゴムシどもは人間の足にぶつかると、靴に噛みつきながら足を這い登ってこようとする。あまり顎が発達していないのか、革靴ならダメージが通らないため、即座にシャベルで叩き潰せば脅威にはならない。

 ただし、数が多すぎるなこれは。何より歩きづらいのが参る。

 一匹だけなら、これまで相対した雑魚敵よりもさらに数ランク下の弱いバケモノだと言える。しかし、数はまさしく暴力だった。王クラスのバケモノ二匹を討伐した俺でさえも、油断すると命を取られるのではないかと不安になる瞬間がある。


「あっ! 宮沢!」

「ナビ女。状況を三十文字以内で頼む」


 校舎の中央よりの教室では、前後のドアを黒帯と巴御前が固め、大ダンゴムシどもを相手に防衛戦を繰り広げていた。

 その手前の教室は電気もついておらずもぬけの殻だったが……もしかして、そういうことなのだろうか。


「下からこいつらが急に大群で押し寄せてきてマジやばい!」

「侵入経路はわかるか?」


 ダンゴムシとしては巨大だが、バケモノにしては小さい部類のボディを生かし、夜の闇に乗じて見張りを突破してきたか。

 ……そう思っていたのだが。


「一階の南側トイレ! 塞がないとヤバい! 宮沢早くして! 私吐きそう!」


 ナビ女の嘔吐感について、俺はどうしてやるつもりもない。

 だが侵入経路は、一刻も早く塞ぐ必要がある。


「黒帯」

「あいよ!」

「料理番を借りられるか?」

「どうだろうね、あの子、虫が苦手みたいでさあ」


 足場の周囲を駆け抜けていく大ダンゴムシを片っ端からシャベルの刺し殺しながら、俺はジリジリと黒帯に近寄った。

 ドアの隙間からひょいと覗いて見ると、ストレートに号泣している料理番がいた。


「やだー! もうやだー! アタシ帰りたい、もう無理だってば虫なんかホントに、アタシ死んじゃうから。ホント来ないで、マジで無理だからお願いだから……」


 うわ言のように繰り返す料理番を見て、使い物になるかならないか悩む。

 今の彼女には、いつもの取り澄ました表情は面影もない。小柄なためか、わんわん泣き喚く小学生にさえ見える。

 そんな料理番を戦闘に駆り出すのは、さすがの俺も良心が痛んだ。だが、これ以上被害の拡大を許してはならない。


「料理番」

「なによー! アンタなんかあっちいきなさいよ! もうみんな虫に食われて死ぬからいいよ! アタシのことはほっといて!」


 料理番に近づき、屈んで目線を合わせながら呼びかけてみる。

 泣くのに忙しい合間を縫って俺の姿を確認した料理番は、恐怖が振りきれてヤケを起こし始めた。

 俺の頭をぺしぺしと頼りない力で叩きながら、涙声で「あっちいけ」を繰り返す。

 黒帯あたりにやられたら眼鏡を破壊されそうで洒落にならないが、料理番くらいだと、なんというかこう……グッとくるものがないわけではない。


「料理番、協力してくれれば虫をなんとかできるぞ」

「ちょうしこいてんじゃないよ! こんないっぱいの虫、もうどうにもなんないよ!」

「本当だ。ただ、お前の魔法が必要だ」

「……う? ホントに?」


 小さな手を取り、真っ赤に泣きはらした目を見つめてうなずくと、少しは落ち着きを取り戻したらしい。


「見せてくれ、お前の『料理は化学』の方程式を」

「わかった……やる」

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