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34 妹の守備力は53万くらい

「ユカ……何でそんなところにいる? 危ないからこっちへ……」


 猫っ毛の黒髪が、風もないのにふわりふわりと揺れている。

 まなじりが下がり気味の大きな目は、俺のお気に入りだ。眼鏡なんかする羽目にならないよう、ゲーム禁止令を出す兄を許してくれ。

 色白なので、頬はまるで焼き目のついていない白パンのようだ。もう少し赤みがあったほうが健康的なのかもしれないが、風呂上りなどちょうどいい感じになって、のたうち回るほど愛らしい。

 彼女は見慣れない、真っ白い服を身につけている。果たして本当に服なのかどうかも怪しい、たっぷりとした薄手の布切れだ。外だというのに靴もなく、素足を晒しているのも気になる。

 そして。

 そして、今まで頑なに視界へ入れないよう努力していたが、その背中にあるものは何だ? 頼むから、お兄ちゃんにわかるように説明してくれないか?


「なあ、俺はやっぱりダメだったのか? 選択を間違ったのか? 間に合わなかったのか……? もしかしなくても……ユカは……」

「あははは! お兄ちゃんヘンなカオー」


 空中で足をジタバタさせて笑うユカ。

 うん、お兄ちゃんはユカさえ無事なら、顔なんてどうだっていいんだ。無くたっていいんだ。

 なのに……。


「なんで……なんで羽なんか生えてるんだよ……」


 もうアレだ。夢オチってことにしようぜ。

 ハイハイ、終わり終わり。

 俺はきっと古文のテストが意味不明すぎて意識を失っただけなんだろ。

 夢の中は時間の流れが違うから、ちょっと船漕いだだけで二、三日過ごすことになったとして不思議じゃない。

 それで俺は空白だらけのテスト用紙を提出せざるを得ず、赤点を取る羽目になるんだろうが、かまやしない。

 何もかもが元通りになって、週替りでユカの歌を聞ける毎日が戻ってくるなら、いいよ。

 非日常の日々なんて、いらなかったんだ。

 俺はテストから逃げてはいけなかったんだ。

 人生は、ちょっと退屈なくらいが一番いいんだ。


 ……クソが。

 ……クソッタレが。

 どこだよ、リセットボタンは!


「お兄ちゃん、ユカのお話聞いてくださーい」

「聞くよ。無責任なお兄ちゃんを叱ってくれ……」


 そうだよな、都合よく夢ってわけにはいかないよな。

 それならもう、いいか。

 ソロで行く先を決めずに真っ直ぐ歩き続け、出てくるバケモノと総当り戦。それを、俺の心臓が鼓動をやめるまで続ける。


「あのねあのね、ユカは魔法みたいなのが使えるようになったんだよ! 神様に『助けてください』ってお祈りしたら、おっきなシャボン玉ができてね、その中にいるとオバケが入ってこられないんだよ! すごいでしょ?」

「……つまり、ユカは……無事なのか?」

「あれっ? お兄ちゃん、ユカのライン見てないのー? もしものときは書き込んで連絡取り合おうねって、お母さんと決めたのにー。お兄ちゃんダメじゃない! 今度会ったらカンチョーだよ?」


 多くの宗教にある「赦し」とは、このことを言うのだろうか。

 脳が軽くなったような気がする。詰まっていた鼻は通るし、肺にはいっぱい空気が入ってくるし。

 だから人生は、何だかんだ言ってやめられないんだ。


「ユカー!」


 手すりから上半身を乗り出し、浮遊中のユカをキャッチ。そのままムツゴロウさんみたいにワシャワシャしようとしたが――俺の腕は空を切った。


「な、なんで……?」

「あのねー、このユカは本物じゃないんだよー。会いたいって思ってくれる人のところにね、えっとー……えーと、湧くの!」

「ユカ……蛆じゃないんだから」


 子犬みたいに笑っている妹を見ていると、俺まで口角が上がってくる。

 魔界の融合に伴い、ユカも何らかの力を授かったらしい。

 もともとの信心深さと、争い事を嫌うやさしさからのものなのか、周囲に安全地帯を形成するような技能なのだろう。

 『BB』でもつい最近、アクティブな敵にも感知されないエリアを作る「サンクチュアリ」という魔法が実装されていた。敵地のど真ん中でレベル上げするのに非常に役立つが、覚えるための魔法書は恐らく、取引できるアイテムの中で最高額だ。


「あ、もうすぐ消えそうだから、こっちのことお知らせするねー。最初は学校に人がいっぱいいたけど、スーパーとかに行っているあいだにどんどんいなくなっちゃってね、知り合ったお姉さんと、あとおじさんと一緒にいるの。缶詰のウズラのたまごって、おいしいんだよ! お父さんも無事みたい! でもね、なんかヘンなところにいたよ。あとね、ダツモーがカソクしてたかな。あはは!」

「親父はどうでもいい。ユカは、なんとかなりそうなのか? ケガなんかしてないか?」

「だいじょうぶー。お兄ちゃんも元気そうでよかったー! じゃーね!」

「おい、待て、ユ……」


 現れたときと同様、ユカ――の姿をしたメッセンジャーは、唐突に消えた。何度か呼びかけてみたが、もう妹の幻影は現れなかった。

 だが俺は満足だった。

 ユカの能力は、俺よりも生存率が高いくらいじゃないか。むしろこれからは、いかに死なずにユカの元にたどり着くかが俺のテーマになってくる。

 これまでは自分の脳力に胡座をかき、多少ナメた行動もとっていたが、それを慎んで堅実にレベル上げに励もう。

 俺はようやく手すりから体を持ち上げ、屋上を後にすることができたのだ。


 そしてその夜、事件は起こった。

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