33 うわっ……俺のチートヤバすぎ……? 妹召喚を習得しました
大量の戦利品を引っさげ、意気揚々と戻る俺たち。
さぞかし大歓迎され、俺なんかおチビからめっちゃイイ笑顔を貰えるものだと思っていたのだが……学校は立て込んでいてそれどころじゃなかった。
テニスコートやバスケ用のラインが描かれたゴムっぽい材質のものを、生徒総出で引っぺがしていたのだ。
聞けば、校庭で野菜作りをすることになったんだとか。
昨日救出した婆さんが農業に詳しいとかで、ビタミン不足を心配して提案してくれたらしい。
校庭を整備している連中以外にも、土や農具を探しに行ったり野菜の苗や種を調達しに行ったりしているチームもあるそうだ。
そうかと思えば、まったく別の問題も発生していた。
この荒廃した世界を気心の知れた連中だけで集まって謳歌したいと、結構な数の生徒が学校を出て行くことになったのだと。
どうも、どこからか高級外車をパクってきた(無免許)奴が煽ったところ、賛同者が多数出てしまったと生徒会長が頭を抱えていた。
「一応この付近の魔物たちは危害を加えないはずだが、縄張りの外から侵入してくる奴らがいたらどうするつもりなんだ?」
「僕だって言いましたよ、そりゃ。でも、工事現場で手に入れたチェーンソーとか、民家から発見した日本刀とかあるから平気だって、聞きゃしないんです」
「ほう。そりゃ結構な装備だな」
俺は、手にしっくりとなじんだシャベルを撫でながら一本調子で言った。
刀なんて、素人が振り回したら敵を切るより先にへし折れそうだし、チェーンソーに至ってはどうやればジェィソンごっこができるのやら検討もつかない。スイッチを入れれば勝手に回ってくれるのか? 何か噛んじゃったりしたときどうするのか、とつぜんチェーンが外れて自分の手がぶった切られたりしないのか、大きなお世話だろうが心配になる。
学校を離れようという連中は、当然そういった問題はクリア済みなんだよな?
「ま、無理そうだと思ったら泣きながら謝ってくるんじゃないか?」
「そうできる状態ならまだいいですけどね……」
生徒会長はそこで言葉を切ったが、言わんとすることはわかった。
確かに奴らも心配だが、下からの突き上げに疲弊している生徒会長も、俺は少し心配だった。同じリーダーとしてな。
下の奴らが面倒くさいやつであればあるほど、全部受け止めるリーダーは摩耗する。ネトゲのギルドもそうだ。リーダーはちゃらんぽらんなくらいがちょうど良くて、実際の運営は下の仕切り厨一人か二人に任せておいたほうがうまくいくからな。
DVDは夜のお楽しみにとっておくので、俺はまた手持ち無沙汰になってしまった。
肉体労働は散々した後なので、屋上でのんびりさせてもらうことにする。
空は相変わらず墨を流し込んだように真っ黒だ。
日が出ているうちはそれでも、マーブル模様の隙間から日光が差して、ちょっと幻想的な風景になったりする。
俺は昔――というか、世界がこうなる前、分厚い雲間から日光が覗く様が好きだった。何だか終末的な気がして。
確か、名前がついていたはずだ。ええと、チン……チン……まあいい。
そして俺はようやく、心の片隅にあったもう一つの――しかし自分にとっては最大であったはずの問題と向き合った。
妹のことだ。ついでにマイマザー。
妹は小学五年生で、ミッション系の私立に通っている。毎週覚えた賛美歌を披露してくれて、俺はそのたびに「音痴」とからかっていたが、ちゃんと歌えていた。
俺が計算機を使わずに二桁の割り算をして見せたときは、「もしかしてお兄ちゃん……天才なんじゃ!」って、三日くらい崇めてくれた。
そしてまたある日。俺がネトゲでオートリーダーを発動し、首尾よくエンドコンテンツをクリアしてメンバーから称賛されているのを見せたら、「世界中の人から尊敬されているお兄ちゃん……もしかして、首脳?」と狂喜乱舞し小学校に触れ回ったのも、今となっては良い思い出じゃないか。
俺は、あるはずのない都庁を探して視線をさまよわせた。
孤島のように密集してそびえ立っていた高層ビル群の跡地は、無残なクレーターになっている。
その周囲を、例の人型の何かがものすごくゆっくり歩いたり、這ったりしていた。
妹は、そのさらに先にいる。
ポケットから取り出したスマホのラインを立ち上げてみる。もちろん電波表示は圏外だ。
マイマザーの、自作フラワーアレンジメントの写真アイコンに「ユカと合流できた。あんたの小学校に避難してるから、電車やら動いてから慌てずに帰ってらっしゃい」というメッセージ。
そのすぐ下には、スヌーピーのヌイグルミの写真アイコンがあり、「お母さんも無事だよー。日頃のおこないがイイからだって! また会おう、兄くん。ふっふっふー」というメッセージが。……ちくしょう、かわいいな!
たとえばこのメッセージが、「助けてお兄ちゃん、殺される!」とかだったら……俺は取るものもとりあえず、自分の生死なんぞうっちゃらかして助けに向かっただろう。今思えば、学校から一歩出た途端に死んでいた可能性が高いが。
しかし実際のメッセージで俺は根拠もなく安心し、妹たちの無事を信じて、いまだにこんな遠く離れた場所でバケモノの王様兼充電屋さんをやっている。
もしかして俺は薄情なのか。本当は妹をたいして愛してはいないのではないか?
ダメだな。一人で考えていると、戻って来られないところに思考が迷い込んでしまいそうで良くない。
「あー……ユカに会いたい……」
「やっと呼んでくれた!」
今、この世で一番聞きたい声がして、俺は突っ伏していた手すりから顔を勢い良く上げた。
目の前に――手すりの向こう側なので当然足場はない――俺が愛してやまない存在、宮沢由佳が、夏の打ち上げ花火みたいな笑顔でいたんだ。