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32 沈黙の香港警察アメイジング黙示録オブ・ザ・デッド

「フンフフンフフーン。フフフフンフフーン」


 鼻歌交じりの衛生兵に肩の傷を洗われている間、俺は羽を毟られた鶏のような気分でいた。

 ショックがでかすぎて、声が出ない。

 何か言おうにも、考えがまとまらない。

 されるがままの俺は、そのままナデナデされたのだが――


「あれー? おかしいでありますッ! 隊長の傷が治りませんッ!」

「えええ……あれーって、衛生兵……」


 頼むぜ。そう言った声は小さすぎて、恐らく相手の耳には届かなかったのではないだろうか。

 同様のあまり焦点を結ぼうとするのを拒む己の眼球を叱咤して見れば、衛生兵は眼鏡を押し上げたり首を傾げたり唇を指でトントンしながら「おかしいにゃー」なんてつぶやいている。

 何だその語尾は。

 そして、衛生兵が体をよじるたびに見事な乳が、ユッサ……ユッサ……と動くのであった。


 その後しばらく衛生兵は俺の傷を撫でながら大声を張り上げ、「気」的なものを出そうと試み、どうやってもケガが治せないと認めたようだ。


「かくなるうえは、隊長ッ! ぬ、縫いますかッ?」

「縫わなくていい。服を返せ」


 目をキラキラさせながらソーイングセットを取り出して見せる衛生兵に、俺はピシャリと言ってやる。

 衛生兵は肩と乳をションボリ落としてから、俺のシャツ拾って寄越した。

 俺は、言いようのない敗北感に苛まれつつもそれを受け取り、体に引っ掛けた。ほとんどシャツの用途を成していないため、もはやボロ布同然だったが、あいにく俺に上半身を見せつけて外を練り歩く趣味はない。


 さて。

 こんなやり取りをしている外は、かなりの大混乱だったりする。

 この辺りのバケモノたちにしてみれば、ナンバー1からナンバー3までが一度にいなくなってしまったのだ。恐らく「どうすんだよ、おいィ?」という意味の「オイ、オイ」が、地上上空問わず飛び交っている。

 俺は、この騒ぎを収めなければならない。


「バケモノども、聞け!」


 オッサン鳥の大群が台風のように渦巻くど真ん中。俺は高々と鎌首をもたげたノビ夫の頭に仁王立ちし、大声を張り上げた。


「俺は宮沢大和、貴様らの王を滅ぼした者だ! 我が配下となるか、抗って先王と共に滅ぶか、運命を選べ!」


 前回に学校の屋上でやったのとだいたい同じだが、格好が格好なので恥ずかしさは倍以上だ。

 それでも、俺の意志はこの地域のバケモノたちに正しく伝わり、戦かせたようだ。

 黒い空を覆い尽くすほどの白い鳥たちが、俺の宣言とともに流星みたいに降り注いできた。奴らはそのまま大地に降り、頭突きをするように頭を垂れる。

 頭を下に突っ込んでくる奴のうち何匹かは、この機に乗じて襲いかかってくるのではないかと実は気が気じゃなかったが、ノビ夫のいうところによると、その可能性はほとんどゼロらしい。


 気づけば俺とノビ夫、そしてパーティメンバーたちを中心に、地面に頭を擦りつけるバケモノたちが見渡すかぎり広がっていた。

 どう言ったらいいか……古代の中国皇帝にでもなったような気分だな。


 こうして縄張りの獲得が済み、安全地帯となったエリアを悠々と進む――お宝を求めて。

 おなじみレンタルショップの看板が見えてくるに従い、パーティの歩調が少しずつ早まっていくのがわかる。

 そして店内に一歩足を踏み入れるやいなや、全員が示し合わせたかのように散開した。各自、お目当てのコーナーへ散っていったのだ。

 俺も真っ直ぐ目的のジャンルに向かっても良かったのだが、パーティメンバーの様子に興味がわいたので、冷やかして回ることにした。

 これまで、お互いの趣味の話などしたことないが、リーダーとしてはメンバーの人となりを把握しておく必要がある……というのが名目だ。


 まずは、入店直後にダッシュしていった料理番を追う。

 この辺りは……アクションコーナーか。てっきり料理系のドラマやバラエティに行くのかと思っていたので、意外だ。

 料理番は床に散らばったDVDを引っ掻き回し、ジャケットのあらすじもあまり読まずにボストンバッグへガンガン詰め込んでいく。そこに踊るのは「沈黙」の文字。

 料理番よ、「沈黙の戦艦」と「暴走特急」だけでいいと思うぞ。と言うよりもその他のやつ、沈黙ってついているがシリーズでもなんでもないからな?

 もしかすると彼女は、単にセガールファンなのかもしれない。

 確かに、謎の動きで敵をちぎっては投げしていくオッサンの拳法はチートっぽい強さではあるが……。

 次に行こう。


 あまり離れていない棚に黒帯の姿を発見し、そっと近づいてみる。

 ここは……アクションの中でもカンフー物のコーナーだ。

 お前、空手はどこ行ったんだよと心の中で突っ込む。

 すでにジャッキー・チェンの列はカバンに収められているようで、ゴッソリなくなっている。頼むから真似して首の骨を折らないでくれよ。


「ええと、なんだっけ……。レジェンド・オブ……オブ……フラッシュだ! フラッシュマン? フラッシュゴードン……違うなあ」


 うん。ジェット・リー作品の日本式タイトルって、わけわかんないよな。

 俺は心の中で黒帯に声援を送りつつ、その場を後にした。


 いくらも行かないうちに、ナビ女と出くわす。

 お前ならさすがに女向けコーナーにいると信じていたのに、なぜここにいるんだ。まだアクションコーナーだぞ。あまり俺を失望させないでくれ。

 手に取っているのは……話題のアメコミ実写系か。意外だな、ヒーロー物が好きなのか。

 ――いや、そこで「Vフォー・ヴェンデッタ」を棚に戻すな。大事だろそれ!

 しかし、いわゆるハリウッド系のビッグタイトルは押さえてくれているようなので、ここは彼女に任せることにした。


 棚の裏に回ったところで衛生兵を発見した。お前ら、密集しすぎだろう。少しはバラけろよ。

 もしかしなくてもここは……戦争物のコーナーだな。

 陸戦物をカバンに投入していのは、わかる。すでに中に「バンド・オブ・ブラザース」と「ザ・パシフィック」があるのもわかる。

 だが、「フライボーイズ」だの「レッド・バロン」だの空戦物は衛生兵とはあまり関係ないのでは……。と思ってよく見たら、「レッド・オクトーバーを追え」を始めとした潜水艦物もあった。

 そうか、単に戦争物が好きなのか。


 俺は嫌な予感がして、ラブストリーのコーナーに向かってみた。見事に無人だ。

 棚から落ちて散乱したDVDには、手を触れられた形跡もない。

 どういうことだ? これでは学校で待つ女子たちが反乱を起こすぞ。

 ……そうだ、まだ俺には巴御前がいたじゃないか!

 俺は一縷の望みをかけ、ファミリー物からアニメ、コメディコーナーを回ってみたが、彼女と出会うことはできなかった。

 一体どこにいるんだ? 

 気にはなったが、俺もそろそろ自分の目当てのコーナーへ向かわねばならない。俺だけじゃない、みんなの期待を背負っているんだからな。


 そんなとき、俺は巴御前とばったり出会った。俺の目的地の真向かい。

 ホラー物のコーナーで……。

 彼女のカバンには、何も今の状況で観なくてもいいだろうと思うようなゾンビ物がギッシリ詰まっていた。

 俺の中で、清楚で上品な巴御前のイメージが揺らぎ始める。


 これじゃダメだ。

 俺は目当てのブツを大急ぎで確保してから急いでラブストリーのコーナーへ取って返し、「名作」シールがついている作品を片っ端からカバンに詰め込んだ。


「何で俺が……」


 という独り言が口をついて出てくるのは、当たり前だと思う。

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