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03 クソッタレな現実に抗うため、俺たちは徒党を組む

 俺はスマホを取り出し、電源をオンにしてみる。

 あまり期待していなかったが、なんと電波状態は良好。試しにツイッターを立ち上げてみると、「ヤバい」と「助けて」というつぶやきで埋め尽くされていて、世界は平等なんだと妙に納得した。


 とはいえ、電話会社がいつまで機能するかわからないし、電力が今後も継続的に供給される保証はどこにもない。

 俺は家庭内の連絡ツールに使っているラインを立ち上げ、「今のところ無事」とだけ書き込み、スマホの電源を落とした。


 次に俺は慎重に窓際まで行って、まずは空を見上げてみた。

 暗い。まだ午前八時を回ったばかりだと言われても信じられないだろう暗さ。たぶん、体はもう日が暮れたと判断しているのかもしれない。妙に疲労感がある。

 上空に、テレビで見たたまご型の何かが浮かんでいないか探してみたが、見える範囲では視認できず。渋谷のテレビクルーをやったのは、十中八九アレだろう。


 次に下を見て、俺はえずきそうになった。

 さっき窓の外に降り注いだ何かは、デカくて茶色いダンゴムシみたいな生き物だったらしい。

 校庭はそいつらで埋め尽くされていた。一面真っ茶色で、ゴム引きで本来緑色のはずの校庭はどこにも見えない。

 ただ、そいつらは同じ方向を目指して大移動していた。行く先を視線でたどってみると、そこは校舎の真横にあるマンホール。実際はだいぶ重くてデカいらしいマンホールのフタはどこにも見当たらず、穴に向かって茶色の巨大なダンゴムシたちが殺到していた。

 これ……下水ヤバくね?


 気持ちは悪くなったが、もうしばらくすればダンゴムシどもはすべてマンホールに飲み込まれていくように思えた。

 ならば、脱出だ。


 俺は手提げから不要な物――ノートに教科書、辞書など、突如訪れた終末を生き抜くには何の役にも立たないゴミを取り出す。

 弁当とペットボトルを詰め直し、空いたスペースに体操着袋から取り出したタオルと、運動靴を押し込んだ。足回りの装備は絶対に疎かにしてはならない。今装備して――履いている靴が何らかのアクシデントでオシャカになったら、そこで詰みだからな。


 手提げを背負ってから次に俺が向かったのは、掃除用具入れだ。

 中身のラインナップは、毛先が折れ曲がって使いづらいホウキと、ブラシ部分が三六〇度回転するプラスチックのアレ、木製の使い古されたモップか。

 リーチや強度を考え、俺はモップを手に取る。振り回したときにちょっと臭いかもしれないが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんなことは言っていられない。


 他にもまだいくつか調達しておきたいものはあった。

 たとえば、ペットボトルの中の炭酸飲料を廃棄して、水道水を補充しておきたい。

 この先で大なり小なり負傷する可能性は、かなり濃厚だ。そのとき、傷口をシュワシュワ言わせながらコーラで洗いたくはないだろ?

 だが、こうなった以上すぐに真水を手に入れるというのは難しかった。

 俺はネトゲのときのクセで校舎の地図を呼びだそうとして、苦笑しながら三階の見取り図を展開する。

 水道があるのは、校舎の中央の水飲み場か、後方のトイレ。現在地は校舎前方の階段付近だ。逃げ場のない廊下を移動中にさっきの廊下を覆い尽くすような何かに轢かれたらアウトだ。


 必要な物はこの先でおいおい手に入れることにして、まずは上を下への大騒ぎ真っ最中の教室に向けて声を張った。


「今から脱出パーティを組みます。力自慢二人、応急処置得意な人、料理得意な人、ナビできる人、それぞれ一人ずつ募集。希望者は俺のとこに来てください」


 残念ながら俺は、大きな声を出す習慣がない。そのせいで俺の声は騒音にかき消され、教室の前半分にはまるで届かなかったようだ。

 教室後ろ半分の何人かが騒ぐのを止め、掃除ロッカーの前にたたずむ俺に目を向けた。

 興味を示したのは……ふむふむ、男子が四人に女子が五人といったところか。


「脱出とか、あり得ん」

「そのうち校内放送あんだろ」


 男子どもは全員、前へ向き直った。

 おやおや残念。だが、女子のうち二人は、まだこちらを見ている。決めかねているのか。

 もちろん俺だって、たった一度募集をかけただけでパーティが揃うなんて思っちゃいない。ゲームの中でさえそうだ。そんなイージーモードだったら誰も苦労しないだろ。

 ヘタすりゃパーティメイクだけで一時間かかることだってある。五人まで揃ったところでその内の一人が「すみません、そろそろ寝る時間なんで抜けます。また機会あったらお願いします」と去っていくのなんて、テンプレすぎて別に何とも思わない。


 俺はもう一度、さっきとそっくり同じ呼びかけをしてみた。

 それで腹が決まったのが、まず女子二人がおずおずといった様子で進み出てきた。


「ホントに出られるの?」

「出られるか出られないかじゃない。出ないと死ぬぞ」


 校則に逆らい、髪を赤茶に染めているほうの女子が、疑り深そうに訪ねてきた。

 はっきり言って、俺――つまりパーティリーダーを信じられないならついてきてほしくないが、ここで邪険にするのも大人気ない。俺は努めて諭すように答えた。


「アタシ料理できるけど? 家庭科部部長」

「助かる」


 クラスで――もしかしたら一年含めても一番身長が低いかもしれない女子が、なぜかふんぞり返って言うので、俺も偉そうに返した。仲間に加わるともなんとも言っていないが、彼女はもう俺のパーティに入ったつもりでいる。まずは一人だ。

 ただ、俺は彼女の、ついでに赤茶髪のクラスメイトの名前も知らない。

 それこそあり得ないって? 俺に言わせれば、自分の生活とまったく関係ない存在の名称を律儀に覚えるほうがあり得ない。歴史上の事件やら偉人やらの名前も相当どうでもいいが、テストに出題されるという意味では少なくとも、クラスメイトの名前よりは考慮すべきことじゃないだろうか。


 とにかく、俺は女子二人に名前を尋ねた。別に恥ずかしいことではないので、少しでも尊大に見えるよう、眼鏡を押し上げながらだ。

 二人は顔を見合わせて珍獣でも見たような顔をしたが、渋々自己紹介してくれた。


「あり得ないことがいっぺんに起こりすぎて忙しいわ。私は並木茜。家ではよくカーナビ代わりになってるから、地図見るのは得意かな」

「アタシは望月亜沙美。一度で覚えなさいよ」


 反応としては並木茜のほうが一般的なんだろう。

 ただ、俺自身だいぶ偉そうな自覚があるので、同じく無意味に偉そうな望月亜沙美のパーティ加入はありがたかった。一人で偉そうだと角が立つが、二人偉そうだと中和されるはずだ。


 ソロ状態でパーティ募集をしていると、よほど旨みのある募集でない限り、最初の一人が加入するまで時間がかかる。それが二人になると、三人目が加わるまでそれほど待つ必要はない。そして残り枠が一人になると、逆に多数の参加希望が殺到し、断りを入れるのに忙しくなるものだ。

 今回も、パーティが三人になったところで、さらなる希望者が現れる。


「隊長ッ! 自分は清水カナエですッ! チームの衛生兵として運用してくださいッ!」


 ビシッという音がしそうな敬礼。でも表情はフニャンとした女子だ。大きすぎる眼鏡がずり落ちかけている。あと、乳がデカい。


「ずいぶん自信がありそうだな」

「はいッ! ファーストエイドキット標準装備! 心臓マッサージと人工呼吸の講習も定期的に受けています! 有事の際には、銃弾の雨をかいくぐって負傷兵を後方に移送しますッ!」


 予想以上に本格的なのキター!

 テンプレ装備で遅れず回復してくれるヒーラーならどんなヤツでもいいやと募集していたら、バフのタイミングや状態異常回復の速度が異常なほど良い神ヒーラーが来たような状況か。


 よし、これで後衛ポジは揃った。後衛から揃うなんて、ネトゲじゃあまり起こらない事態だよな。

 ここまでくれば、アタッカー枠が揃うのは目前だろう。できれば柔道部とか空手部とか、強そうなヤツが来てくれるといい。初期の武器がモップやホウキとするなら、剣道部でも良さそうだ。


 俺はこれが最終募集のつもりで、もう一度声を張った。


「脱出パーティ募集中。残り二人。力の強い人か、長物振り回すの得意な人よろしく」

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