28 回収クエスト「秘宝を求めて2.5km」
翌日。
その日のターゲットは俺の独断と偏見でDVDに決定した。
生徒会長は「今がどういうときかわかってるんですか? もっと実用的な物を持ち帰ってきてください」なんて優等生ぶった――ぶるもなにも実際に優等生だった――発言をしていたが、その場に居合わせた主に男子生徒の非常に強力な後押しがあり、無事に発注させることに成功した。各自、戦利品を入れるために大きめのカバンを背負って出発する。
わかっているさ、同志諸君。
俺はちゃんとお宝を持ち帰ってくる……命に替えてもだ。
女子たちは『アナ雪』とか、ええと、レオナルド・ディカプリオが出てるやつを持ち帰るんだろうが。
世界がこんなことになって以来、久々に胸をわくわくさせながらの外出だ。
ノビ夫に飛び乗るときも、いつも以上に軽やかだったと付け加えておこう。
ナビ女は、今日は特別なリアクションもなくノビ夫にまたがっている。
もしかして……昨日騒いでみせたのは、フリか? 「えー、ヤダー、わたしコワーイ」的な……?
俺はネトゲにおいて、男も女もネカマもオネエも平等に、紳士的に接するリーダーだ。ただし、himechanだけは完全に存在しないものとして振る舞う。
弱いフリをして庇護欲を刺激し、多くの取り巻き――従者たちにかしずかれるhimechan。
リアルでもいるだろ? やたら貢がせたり、送り迎えさせたりする奴。
ナビ女にhimechanの傾向があるのかどうか、今後も慎重に見極めていこうと思う。
もし見え透いた演技をしてみろ。パーティからキックして、代わりに俺のスマホが火を噴くことになるぞ。GPSはオフラインでも使えるのさ。
などと、警戒心のかけらもなく進む道中。
俺たちを乗せ、指示どおりに黙々と目的地をめざすノビ夫には頭が下がる。
実は、あまりおちゃらけてもいられないのだ。
俺たちの目的地であるレンタルショップは、縄張りの外にある。つまり、俺の眷属ではないバケモノに襲撃される可能性が濃厚。
だったらいっそのこと――
「ノビ夫」
「いかがなされた」
「別の王と手を組むことはできるか?」
「我ら魔族。王以外の者には従わぬ」
ダメか。
各地の王を集めて同盟を組み、持ち技を一点に集中させて封印をぶち破れればと思ったんだが。
「もし王を倒したら、縄張りをぶん取れたり、眷属を配下にしたりできるか?」
「私の知る限りでは、未だ。しかし魔界の何処かに、数多の王を倒し、広大な領土と多種多様な眷属を従える王がいると」
よし、それで行こう。
雑魚は無双して蹴散らし、ピンポイントに王を狩って高速パワーレベリング。
縄張りが拡大できれば他の連中が安全に行動できる範囲も広がるし、良いこと尽くめじゃないか。
そうと決まれば問題は、どうやって王を引きずり出すかだな。
「ナビ女」
「なっ……何よ? 急に話しかけないでよ」
なんだこいつ、居眠りでもしてたのか?
「でかそうな奴や強そうな奴を探知できないか?」
「探知できてれば先に言うわよ。でも……あー。集中すると、範囲が広がるような気がするわ」
「その調子で頼む」
「あのね、この辺りのバケモノって動きが変なの」
「不明瞭な発言はよしてくれ」
「何ていうか……昨日のデロデロしたやつは、普通に道なりに進んできたり、角を曲がったりしてたんだけど、ここらへんのバケモノって建物を突き抜けていくのよね。あ、右手に敵」
ナビ女よ。
それくらいはせめて、飛行していると理解してくれ。
俺は深々と息を吐きながら顔を上げた。もう避難用ヘルメットはは装備していないので、視界が広い。
この辺りは学校周辺よりも多少賑わっていた。住宅街ではないため、高さのあるビルも少なくない。
住宅街がほぼ全滅しているなか、学校の二階以上に生存者が集中したのは、建物の高さに関係していると思っていたが……。
相手に空を飛ばれては、どうにもならないよな。
ナビ女の発言どおり、右手にあるビル最上階の窓からは、サルというかヒトというか平面的な顔を持つ鳥のようなバケモノが、じっと俺たちを見下ろしていた。
おなじみのフライドゾンビ系よりも面構えから知性を感じるため、気味が悪い。さらに、奴らと違って何も考えずに突っ込んでこないところもまた不気味だ。
大量の黒とごくごく僅かな水色で描かれる空の巨大なマーブル模様を切り裂く、白い影。増えやがったぞ。
クソ。あいつらフクロウ並に音を立てずに飛びやがる。
心理的な問題だが、これは待っているほうが怖い。早いとこ親玉を引きずり出したいところだ。
手始めに二、三匹シメて挑発してみるか。こういうとき、喧嘩を売り慣れていないと困るものだな。
そう思い、ノビ夫に止まるよう命じて敵地へと降り立つ。
そのとき、頭に何かが落ちてきた。消しゴムが当たったような感触だったため、幸い痛くはなかったが。
何だろうと地面に目を落とす。
眼鏡がずり落ちてピントが合わなかっので、ずり上げてからさらに目を凝らした。
耳元で金切り声が聞こえてビクッとなる。
ナビ女を今度こそ叱りつけようとして、俺は言葉を飲み込んだ。
俺の頭を直撃したのは、人間の指先だった。