27 女に話しかけるときの第一声が皆目検討がつかない
ライフライン一部復旧の報せは、瞬く間に校内を駆けめぐった。
生徒会はさっそく、電気の使用制限に関する規則について会議を招集。生徒会長(男)は、今日も今日とて副会長(女)とギャンギャン言い合っている。
PCルームでは、沈黙を続けていたパソコンたちが一斉に起動した。
やはり通信系だけはどうにもならなかった。理系の連中がめちゃくちゃレベルアップしたとしても、寸断された電話回線やら基地局そのものを復旧できるとはとても思えない。
せめて役に立てばと、俺は自分のスマホをUSBで充電しながら、ウィキペディアのデータとそれを開くためのツールをパソコンにコピーした。
これを自分のスマホにコピーすれば、少なくとも電子百科事典としては使うことができるだろう。
たとえば急に「ハルキゲニアの上ってトゲのほうだっけ? 触手のほうだっけ?」と気になって眠れなくなったときなど、サッとスマホを取り出して確認し、安心して眠りにつくことが可能になる。
まあそれは冗談にしても、今後起こり得るかもしれない「服を洗濯したいのに石鹸がない! どうすればいいのぜ?」という状況で調べれば、「なるほど! 尿をぶっかければいいんだね!」と解決できるわけだ。
林檎ユーザーの奴らは使えなくてすまんな。俺、ダメなんだ……ホーム画面を俺色にカスタマイズできないOSって。
他に、物好きな奴がインストールしていた、ブルートゥースを使ってスマホをトランシーバー化するアプリもばら撒かれた。
しかしやはりというべきか、間に遮蔽物があるとすぐに通信が切れてしまって使い物にならない。廊下の端と端で会話がしたいときに使えるかもしれないが……だったら相手のところへ行って直接話すよな。
何にせよ、校内に多少なりとも活気が戻ってよかった。
俺は安心して、3-Dの窓にノビ夫を呼んだ。
いや、単に話をするためだ。
今のパーティメンバーに不満はないが、攻略以外の話をするかというと微妙だな。そういう仲じゃない、とでも言うべきか。
そうかと言って、今さら野郎連中とつるむのもなんだかな。
これまで、リアルの隣人たちを完全にスルーしてきたんだから、仕方がない。
そういうわけで、俺は話をしたくなるとノビ夫に相手をしてもらうのだ。
「いかがされたか、王よ」
「そんな大層なもんじゃない。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
「仰せのままに」
「今の状況って、いつ終わるんだ? もしかして、ずっとこのままなのか?」
「すべてに終わりがございますれば、いずれは」
窓の代用にはめてある合板をベロンと剥がし、黄色地に緑の斑点の大蛇と話す俺。
あごが外れるほどメルヘンチックな構図を、笑わば笑え。
「それじゃあ、何とか食いつないでしばらく待っていれば、いつかは元通りになるんだな?」
「仰せのとおり」
「どれくらい待てばいい?」
「千年はかかりますまい」
「待て待て待て」思わずベタな発言をしてしまったじゃないか、どうしてくれる。「千年って、そんなに待てるわけないだろ」
「王は永遠に」
それは、俺は千年生きられるって意味か。
元の世界でならいざしらず、こんな文明崩壊して娯楽もないような世界で千年生㌔とか勘弁してくれ。
仮にどこかの図書館に入り浸って延々読書をし、この世にあるすべてのDVD観まくったとしても――おお! あとで駅前のレンタルショップに行ってDVDをごっそりいただいてこよう。
「千年経ったらどうなるんだ?」
「封印が解けまする。あるべきものが、あるべきところへ」
「こっち側から強引に封印を破ることはできないか? できるかできないかではなく、理論的に可能かどうかという意味で」
ノビ夫は相変わらず、まばたきすることなく俺を見つめていた。
無表情の爬虫類顔からは何を考えているのやらまったく想像がつかないが、きっと何か考えてくれているはず。
やや眺めの沈黙のあと、再びノビ夫の声が脳内に響いてきた。
「空の障壁に亀裂を入れられれば、あるいは」
「つまり……地球は見えない壁みたいなのに囲まれた状態で魔界と融合してるんだな」
「いかにも」
俺は窓枠から身を乗り出し、左手を高々と掲げた。そこに、最大出力の雷をイメージする。
空気が爆ぜる音は、パチパチという生易しいものを通り越し、破裂音から爆発音クラスになっている。
手の痺れはすぐになくなり、もはや感覚などない。
教室でのんびりしていた連中は脱兎のごとく廊下へ退避し、ノビ夫は大きく後退した。
「王よ。それでは御身が」
「構うか。ぶっ倒れてもいいから、封印をぶち破る」
「いかな王とて、一個の力では、とても、とても」
「……なんだ、そうなのか」
まあ、よくよく考えればそうだよな。
攻撃でどうこうなるようなチャチな障壁なら、魔界が地球に封印された瞬間にどこかの王がぶち破っているはず。
今のところそういう気配がないということは……。
「理論的には、王たちの総力でもってかかれば。しかし、魔族に限って、それは起こり得ぬ事象」
各地の王どもをまとめ上げ、号令をかける奴が現れない限り、方法はあっても絵に描いた餅ってわけか。
この件については保留にして、暇なときにでも少しずつ考えを詰めていこうと思う。
俺はノビ夫を労い、下がらせた。
夜は体育館で、生存者の婆さんの歓迎会が催された。
食事はバイキング方式で、黒帯がここぞとばかりに鬼のように食っていた。
そして夜中。
男子生徒でローテーションしている夜間の見回りをソロでしていると、調理実習室から明かりが漏れていた。電気がついているのではなく、ロウソクの光だとわかる。
ことさら身構える必要はないはずなのに、俺はシャベルを固く握りしめて、静かに扉を開く。
俯いて何かをブツブツ言っている小柄な後ろ姿は――料理番だ。
調理台の上には、大量のスパイスと大小様々なビンが所狭しと並べられている。
何というか……怖い。
俺は無言で扉を閉め、その場を立ち去った。