24 料理番の憂鬱と俺のTUEEE
「料理番は、何かこう……特殊技能みたいなものを会得していないか?」
「つーのはつまり、アンタみたいなべらぼーな強さとか? カノコのモップで鉄板貫通させる大道芸とか? 茜の犯罪者と紙一重のスキルとか? カナエの『痛いのとんでけー』は確かにこのご時世ちったぁは役に立つかもしれないけど。あっれー、ミキはなんだっけ?」
「ははは、わたしはナシだよ」
「あーら、そう」
あっけらかんと答える黒帯に、料理番は少しだけ表情を柔らかくした。
自分から訊いておいてなんだが、RPGにおける調理担当の戦闘系技能って、何かあっただろうか……。
俺がプレイしていた『BB』では、調理をはじめとする鍛冶やら陶芸やらという技能は生産系技能として、バトルで使用するスキルとは別枠扱いだった。
そして調理という技能も、どこからともなく出来上がった料理を取り出せるわけではない。自身のスキルに応じたレシピどおりの素材を揃えて加工するのだ。当然失敗することもあり、超高価な天龍の卵を調理ミスで失ったときは……リアルで変な声が出たものだ。
「そーね、カレー作れるよ」
「カレーは……無理をすれば俺にも作れる」
料理番のドヤった発言に、俺は多少事実を盛って言い返した。
本当は、素材をどの順番に鍋へぶち込めばいいのか知らない。
そんなことは知らないパーティメンバーたちは、口々に自分も作れると俺に同調した。
「バカをお言いでないよ。アンタたちの言ってるのは、そこらのスーパーで出来合いのルーを使って作るカレーでしょうに。アタシは、スパイスを挽いて調合するところから作れるって言ってんだよ」
「それは確かにすごいが……今俺が知りたいのは――」
「敵よっ!」
ナビ女が叫び、道路の先を指差す。
しかし道は二十メートルほど先でゆるやかにカーブしており、ここからではその先を確認できない。
ただ俺は、ナビ女の警告を疑わなかった。
言われたみれば、縄張りの境界線という危険地帯でよくもまあ長々と井戸端会議をしていたものだ。
俺としたことが、いささか緊張感を欠いていたらしい。気を引き締めよう。
まだ顔を横向けて俺を見ていた恐竜には、とりあえずムツゴロウさんになったつもりで「安全なところへお帰り」と言ってみる。
――聞き分けのいい恐竜で助かった。
そして、先の見えない道の向こうから今まで聞いたことのない重々しいゴリゴリ音が聞こえてきて怖くなる。
「数が多いわ! 大きくて強いボス格が一匹と、さっきの人間サイズが……二、三、四匹。小さいのが、うーん……十匹くらい!」
「ボスと中くらいのは俺が引き受ける。黒帯と巴御前で小型を頼む。片づき次第加勢する。ノビ夫は衛生兵と料理番を死守。本当にヤバいときのみ応戦してくれ」
「はいよっ!」
「御意」
成り行きで複数の敵を抱えつつメインの敵も叩く宣言をして駆け出す。
『BB』はつねにタンクだったため、この感覚はもう体に染みついている。
さらに俺は、パーティのメインアタッカーまで張ろうとしていることに気づき、苦笑した。
多数の敵にボコられても沈まない耐久力に、敵を次々血祭りにあげる圧倒的な火力。こんな最強の勇者職がもしネトゲにあったら、最強厨が殺到してゲームバランスが崩壊するだろうな。
走りながら目に入った地の裂け目に燃える炎を認め、ここが正常な地球ではないことを思い出す。
そうだった、俺は魔法じみた力も使えるんだった。
タンクにアタッカー――それも近接職と遠隔職を兼ねるとは、もう笑うしかない。
シャベルを肩に担いだまま、空いた左手に雷をイメージ。炭酸水に手を突っ込んだらこんなだろうという感覚。
前方に敵。
なるほど大きい。二トントラックくらいの、フライドチキンの残骸めいた……もう、フライドゾンビでいいか。
俺は左手の痺れ具合を目安に、そこへ宿る力を調整し、一気に放つイメージで手のひらを向けてみる。
とんでもない騒音とともに、狙い通りの雷攻撃が炸裂した。
ボス格と取り巻きをまとめて絡め取ろうと、なるだけ広範囲に効果が及ぶようにしてみたのだ。
倒せないにせよ、中くらいのフライドゾンビの注意が俺に向けばいい、くらいのつもりで。
しかし、それでもまだ強すぎたようだ。
中くらいのやつはまとめて消し飛び、ゴムの焦げるような臭いだけを残して消えた。
ボス格は……。
おいおい、やる気あるのかよ? もうほとんど死にかけじゃないか。
よくもまあその程度の実力で俺のパーティを襲撃しようと思ったもんだな。
俺はあえて、間合いのだいぶ外からシャベルを一閃させた。
ほとんど力を入れていないので、さすがに一刀両断とはいかない。フライドゾンビの、恐らく頭部と想われる部分と胴体らしき部分の間を半分くらい切り裂くにとどまった。
けれども、それで充分だったようだ。
ボス格のフライドゾンビは、自重で勝手に崩れ去った。
想定していた時間の半分くらいで片がついたが、パーティリーダーが戦闘中にサボっていたら大ヒンシュクだ。
俺はメンバーたちと合流するため、元来た道を引き返した。
フライドゾンビ(小)は、恐らく巴御前のモップ乱れ突きでほぼ一掃されていた。
しかし、ナビ女の鋭い警告とほとんど同時くらいに、今度は上空から飛来してくる影があったのだ。