23 ステータスウィンドウがないから実演でスキルを確かめる
「黒帯、ちょっと来い」
「なんなんだ、人使いが荒いねえ」
戦闘を終えて少し息の上がっている黒帯が、言われるままにやってきて、俺を真正面から見つめてくる。
たまにいるよな、ずっと人の目を見てきて絶対逸らさない奴。逸らしたら負けだと思っているんだろうか?
「あの車を」と言いながら指差すのは、もちろん恐竜が激突してベコベコになった白のライトバンだ。「攻撃してみてくれ」
「急に何を言い出すんだろうね、宮沢は」
「いいから」
俺が再度促すと、黒帯は全然腑に落ちていない顔のまま、ライトバンの前で包丁を構えた。
踏み込み。
「せいっ!」
斬撃。
超嫌な音がした。
攻撃対象の指定を間違ったか。ブロック塀あたりにしておけばよかったと激しく後悔する。
俺はライトバンに近寄り、眼鏡を押し上げながら黒帯の攻撃がヒットした箇所を検分した。
車体の鉄板が切り裂かれ、カレイの煮付けのように見事な十字傷がある――という結果を予想していたが、現実は違った。
白い塗装が削られて傷がついてはいるものの、鉄板自体にはダメージが通っていないようだ。
変だな。
「巴御前も来てくれ」
寡黙な大和撫子が返事を寄越してくれるなど、端から期待していない。
巴御前は立っているだけなのにオーラが違って見える見事な姿勢のまま、滑るように俺の横に立った。
「こいつを攻撃してみてくれ」
俺の指示に、巴御前ゆっくり大きくうなずいた。
目を見張る体捌きで彼女がモップを構えただけで、俺はため息を禁じ得ない。
まるで門外漢の俺ごときでも、武道のなんたるかが体で感じられる気がする。
巴御前が気合と共にモップを繰り出した。
「や」
……え?
今の、巴御前の声?
モップのゾロゾロがついているほうがライトバンの鉄板を突き破るという、衝撃的な光景が目の前に広がっているにもかかわらず、俺は耳が拾ったごくわずかな情報に意識が持っていかれた。
これまで内心、巴御前がどんな声なのか気になっていて、その欲求が解消されたからという理由もあるのだろうが……彼女の声は、ちょっとどうかと思うくらいに可愛かった。
ネトゲオタクの俺は声優萌えとはまったく無縁だが、声というキャラクターが人を虜にするという現象は現実なのだとはっきりわかった。
ついでに言うと、俺以外のパーティメンバーは、巴御前の攻撃の凄まじさにまともな称賛を送っていたぞ。
さら言うと、そんな勢いで取り扱われても破損しない木製のモップについては総スルーだった。モップよ……お前もじゅうぶん、とんでもない奴だ。
それで、そう。
巴御前は、明らかに常軌を逸した攻撃力の高さを見せつけた。
本人がそれをどう感じているのか、表情からは察せない。相変わらず、きゅっと引き結ばれたままの口元も、とってもOKだ!
「なるほど。思ったとおりアタッカーとしての能力が上がっているようだな」
「……」
「これからも、無理のない範囲でバケモノどもを倒してみてくれ。貴重な戦力になる」
巴御前は素直にこっくりと頷いた。
ポーカーフェイスを装っている俺だが、今回の件で彼女を見る目が少し変わった。以前は無愛想でも指示に従ってくれればそれでいい、くらいの気持ちでいたが、今は「キミ、イイよぉ~!」と意味もなく白い歯を見せつけたい思いに駆られている。
さて、次はナビ女だな。
俺はどうしたものかと顎に手を当て、無言で見つけてみる。
「な、なによ」
探知系の能力というと、大抵のRPGでは盗賊やレンジャー、ハンターなどの職業が得意とするところだろう。
その他に、解錠スキルやモンスター知識、トラップ配置などの技能を持っている場合があったな。
「ナビ女、そこの家のカギを開けられるか?」
「開けられるわけないでしょ」
適当に指さした民家に眼をやることさえせず、ナビ女が否定した。
ダメじゃないか。挑戦する前から「できません」なんて言ったら、社会ではユトリ扱いされて差別されるって叔父(三十四歳)が言ってたぞ。
俺は無言のプレッシャーをかけ続け、ついにナビ女を民家のドア前まで移動させるのに成功した。
「こういうの、なんて言うんだっけ、ピッ、ピッ……」
「ピッキング」
「それ! そんなことやったことあるわけないでしょ!」
「声を大にしてバージン宣言をしなくてもいい」
「ちょ、ちが……」
「うら若き乙女が、ヤッたとかヤってないなどと言うものじゃないぞ。興味ないしな」
「だから、言ってません!」
「経験があるかないかの問題じゃない。できるかできないかだ」
ナビ女をドアの前に押しやり、背後に仁王立ちして待つ。
どうでもいいが、このナビ女、からかうと反応がいちいち面白いな。
いいかげん、俺に口で勝てないと悟ったのか、ナビ女はとりあえずトライしてみる気になったらしい。
赤茶の髪からヘアピンを手に取り、まずは真っ直ぐにしてみる。
ちなみに俺、そんなに口が達者なほうじゃないんだがな。
ややいびつだが一本のハリガネ状になったヘアピンが、ナビ女の手により鍵穴に差し込まれていく。
待つことしばし……。
「ほらね? やっぱりできるわけ――」
カチャッ。
「お見事」
「ウソー! えー、でもホントにこんなことやったの初めてなんだからね!」
前途洋々なスキルを持っていることが明らかになったのに、ナビ女はちっともうれしそうじゃない。
顔を真赤にしているのは、称賛に照れているのではないのだろう。
それはともかく、今後生存者や物資の探索をするのに、ガラスの残骸に注意しながら窓から侵入しなくてよくなったのはありがたい。
最後に俺は、料理番に向き直った。
パーティでは最小だが、最も色気のあるメンバーでもある。
「なにさ?」
挑むような目つきで俺を見上げてくる料理番。
当然、美味しい料理を効率よく作る技能があるのはわかっているが……さて、果たしてそれだけだろうか?