20 そして俺たちは、夜の学校に泊まる
まず俺は、大蛇に呼びやすい名前をつけてやった。
例によってバケモノの名前は、人間の聴覚では拾えない、あるいは人間の声帯では発声できない音が多分に含まれていたため、コミュニケーションを取るのに不便だったからだ。
そして例によって、俺に名前を決めさせると、黄色と緑の愉快な大蛇はそのまま「大蛇」か、さもなくば「黄緑」に決定するのが明らかだ。
だから俺は、少なくとも自分よりはマシな名前をつけてくれそうなパーティの女子たちに名づけを依頼した。
女子なら小鳥だのハムスターだのを飼っていて、命名する機会も多いだろうという思い込みによる。
その結果決定したのが――
「なあ、ノビ夫」
「王よ」
3-Dの教室から呼ぶと、窓の外へすぐさま巨大な蛇の頭部が現れた。
そう……アイツの名前はノビ夫になっちまった。俺が神と崇めて崇拝するゲームサウンドの作曲家のニックネームと一字違いで、非常に呼び辛いんだが。
彼女たちに任せたのは、オートリーダーとして致命的な判断ミスではないのか、大丈夫か。
「これでとりあえず、校舎の半径二キロくらいのバケモノは、俺たちに敵対してこないんだな?」
「新王即位の儀により、同胞は下々に至るまで、そのご威光を。ただし、外なる眷属どもは、この限りではございませぬ」
そうだった。
さっきやらされたんだ、即位の儀とやらを。
とは言っても、屋上から大声で自分の氏名を叫ぶという羞恥プレイだったけどな……。
俺の発した声は、それ以上に目に見えない力となって広範囲に轟いたらしい。
空に広がる墨のような真っ黒い部分が、俺の叫び声に呼応して大きく揺らめいたような気がした。
「ふーん。縄張りの外からの襲撃はあり得るのか」
「我らが対処いたしますゆえ、王は御心安らかに」
これを受けて俺は、全生徒の前で安全宣言を行なった。
もちろん、単独行動や勝手な外出を禁じる規則その他は、生徒会が抜かりなく決めておいてくれた。当番の割り振りや、受け持ちなんかもだ。
こうして、親や教師たちのいない、未成年だけの小さな社会が築かれたというわけ。
今のところ大きな混乱はない。これは正直、意外だったな。
「ノビ夫、俺はまだ王として至らないことだらけだと思うが、よろしく頼むな」
「勿体なきお言葉」
「ちょっと今日はいろいろ決めないこともあってバタバタしている。明日、今の状況について詳しく教えてくれ」
「御意のままに」
俺の言葉に、ノビ夫はするすると校舎から離れていった。
学校の周囲は、ノビ夫が責任をもって警備に当たってくれるそうだ。こんなに心強いことってないよな。
夜には、料理番率いる家庭科部により、豪華な夕食が振る舞われた。
「さてとアンタたち、家庭科部の名誉をかけて、空きっ腹にハードヒットするディナーを山のように作るんだよ!」
「いっちょうやってやりましょう、姐さん!」
……という掛け声と共に、家庭科室は戦場の様相を呈した。
すべてのコンロにフライパンや鍋がかけられ、それでも火がたりずに理科室からアルコールランプまで動員し、見事なチームワークで次々と料理を作っていく様は圧巻だった。
ちなみに材料は、無人の民家のキッチンから失敬させてもらった。
そう遠くないうちに新鮮な食料は尽き、缶詰で食いつなぐ生活を強いられるんだろう。
だから今はせめて……。
「あー、生き返ったわー」
「やっぱ汗かいたあとは風呂に限るよ! 湯船があればもっと最高だったんだけどねえ」
「あーん、亜沙美ちゃんダメぇ! 乳房触らないでくださーいッ!」
「にゅ、にゅーぼーってアンタ……。児玉スイカくらいあるじゃないのさ、何食べたらそんなんなるわけ?」
我がパーティメンバーが入浴を済ませて戻ってきたようだ。
体育館の舞台下からえっちらおっちら持ってきた布団にのんびりくつろぐ俺の姿を認めると、彼女たちは当然のように周りに集まってきた。
女の子って、何であんなにいい匂いがするんだろうな?
普段から密かにそう思ってはいたが、風呂上りのふんわりとした柔らかい香りは格別だ。
さっきパーティでセブンまで遠征に行ったときは、確かに密集陣形を指示したが……今は必要ないんだから、あんまり密着してこないでもらえると助かる……んだが。
まあ、離れろとは言わん。
電気のつかない夜の教室では、配布されたロウソクの炎が揺らめいている。幻想的とまではいかないが、非現実的な情景なのは間違いなく、俺は気持ちが高揚するのを感じた。
軽く明日の打ち合わせをする。
ノビ夫にさらに詳しい話を聞いてから、今度は範囲を広げて生存者を探すことになったと伝達する。
俺としてはもはやどっちでもいいのだが、生徒会がどうしてもということなので、このクエストをオファーすることにした。
せっかく新しい秩序ができつつあるこのタイミングで、完全なる部外者――しかも大人かもしれない――を招き入れるのが良策なのかはわからないが。
「二十時ですよ隊長ッ! 男子の入浴タイムですッ! ひとっ風呂浴びてきてはいかがでしょうかッ! ……ひょぉっ! 亜沙美ちゃんダメだってばー!」
「そうだな、行ってこよう。みんなもそろそろ就寝時間までには二階に戻れよ」
乳繰り合っている――料理番に乳繰られている衛生兵は、武士の情けでスルーしてやるか。
立ち上がりつつそう釘を差せば、五通りのテンションの「はーい」が奏でられた。
そうそう。居住スペースの割り振りは、三階が男子で二階が女子ということになった。
四階は生徒会の管轄エリアと、不要な机や椅子置き場。一階が食堂と各種当番の詰め所だ。
明日、目が覚めたら家のベッドにいて、当たり前のように試験期間が始まる――そんなオチが待っているような気がして仕方がない。
今日起きた出来事は、そのすべてが俺の想像をはるかに越え、突拍子もないものばかりだった。
こうして夜の校舎を歩いてシャワー室に向かうなんてことがすでに、現実離れしすぎている。
とにかくこれが、突然街が魔境と化し、バケモノの徘徊する世界に放り出された俺たちにとって、最初の夜だった。




