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18 リミッター解除! しかしまさかのバッドエンド?

「じゃあ俺がソロで中を偵察してきてやる」


 なんて言い出さない程度には、ナビ女を信用していた。

 俺はパーティメンバーを促し、すぐにこの場を離脱した。


 体育館から校舎まで、校庭を突っ切れば一分とかからない。

 今回も、何人もの生徒が俺たちの帰還を――今日の風呂と布団で寝られるという良いニュースを心待ちにしてくれている。

 正直、胸が痛んだ。


 遠くから手を振って迎えてくれる連中も、俺たちの表情を見て何かを察したのだろう。無粋なことは聞かずに、黙って道を開けた。

 俺は本当に申し訳なく思っていたので、軽く会釈してそのまま校舎に入った。

 何人もの生徒がありったけの雑巾で廊下を何往復もしたおかげか、水浸しの床はきれいに乾いていた。

 教室の床が木製なため、水分を含んで湿気の臭気をまき散らしているのは仕方がない。

 どのみち窓がなく、風通しがいいので、すぐに乾燥してくれるだろう。


 パーティにはとりあえず解散を告げ、自由行動とした。

 ナビ女には、よく休むよう言っておく。

 衛生兵が敬礼つきで彼女のことを引き受けてくれた。


 それから俺は、階段を一段抜かしで駆け上がり、四階へと向かった。

 歩いたり走ったりするようになったおかげか、気は重いが体は軽い。

 まだこの状況になって半日も経っていないが、すでに体は適応し始めているのかもしれない。

 さらに生存率を高めるために、筋トレでも始めるか?

 いや、風呂に入れないことが確定したわけで、汗をかく行動はできるだけ慎むべきか……。


 俺が真っ直ぐに向かったのは、生徒会が集まる図書室だ。

 入るたびに片づけが進んでいて、すでに本の残骸はなく、立派な会議室として機能していた。


「宮沢さん、どうでした?」


 生徒会長らしい男子生徒が、俺に気づいて腰を上げた。

 俺はそれを制し、首を横に振る。


「すまない、奥にいるバケモノは非常に強力な奴だった」

「じゃ、じゃあ……シャワー室の開放と布団は」

「残念だが、いったん白紙だ。戦力を再編して――」


 遠くでドラム缶でもぶっ叩くような、ガンガンいう音がしているのに気づき、俺は口を閉じた。

 下の階から、切羽詰まった声が何かを呼ばわっている。


「……う……しゅう! 敵襲!」


 けたたましい足音がして、男子生徒が体当たりでもするように図書室へと転がり込んできだ。


「な、なんだって?」


 生徒会長が今度こそ腰を浮かせ、詳しく状況を聞こうとしたとき、俺はすでにシャベルを構えたまま走りだしていた。

 もう、前回のような大技は使えない。

 再びあのバスか電車みたいなバケモノが襲撃したのだとしたら、今度こそ俺たちは、仲良くお陀仏だ。

 頼む。どうか小物であってくれ。シャベルで二、三発どつけば倒せるレベルのバケモノであってくれ!


「体育館から敵襲! デカい! 逃げろ!」


 俺は、膝から一気に力が抜けるのを感じた。

 あえて考えないようにしていた、一番避けたい事態がやってきやがったぞ! どうすんだこれ!


 コケる寸前でシャベルを支えにどうにか体勢を立て直し、階段を降りる。

 このまま――俺が行こうが行くまいが、ほぼ全滅ルートが確定しているというのに、律儀に階段を使っているのが滑稽に思えてきた。

 なんかもう……どうでもいい。

 俺は足が折れても構うかという気持ちで、階段の一番上からジャンプ。

 そして、普通に着地した。


 あー、アレね。生命の危機に直面して脳のリミッターが解除されるやつ。

 頭の回転数が跳ね上がり、火事場の馬鹿力が発揮されて、世界がスローモーションで見えるわ怪力は発揮できるわ、あり得ない速度で走れるわでワッショイワッショイなやつね。

 はいはいワロスワロスと思いながら、一気に一階に到着。

 校舎に逃げ込んでくる生徒たちの流れに逆らい、信じられない超スピード――多分気のせい――で校門に飛び出した。


 そこには……。

 はい、いました!

 これがネトゲなら、俺は字数制限が許す限りWキーを連打して大草原を作ったね。


 大雑把に言うと、蛇。つうか、大蛇。

 校舎前にとぐろを巻いているが、尻尾は体育館の中へと続いている。

 怒ったコブラよろしく鎌首をもたげているが、頭が校舎の三階くらいのところにあった。

 全体的に黄色でところどころに赤が混じる鱗は、図鑑で見たことのある蛇と比べると、だいぶ立体的だった。そのうえ、一つ一つが生き物のように絶え間なく蠢いていた。

 蓮コラとか苦手な奴だったら吐いてたぞ。


 大蛇はすぐに俺の姿を認識したらしい。

 奴からすれば俺は小さすぎるのか、視界に収めるには鎌首の角度をだいぶ鋭角にしなければならないようだった。


 俺は無言でシャベルを構えた。

 構えたはいいが、切先をどこに合わせればいいのかわからない。

 どのみちここでバッドエンドを迎えるのだろうが、校舎から成り行きを見守っている奴らは、俺よりも数分は長く生きるだろう。

 あいつらの記憶に、俺は最後までバケモノは相手に一歩も退かない男として残りたいんだ。

 馬鹿だと思うか?

 いいだろ。どうせ死ぬんだ。最後くらい格好つけたって。


「宮沢、逃げて! 逃げてー!」


 二階の窓から涙で顔をぐちゃぐちゃにしたナビ女が泣き叫んでいた。

 おいおい、今のお前は最高に不細工だが、いいのか?

 その腕にしがみついている衛生兵は、まるでガキみたいに「うえーん!」だと。

 料理番は、ざっと周囲に視線をめぐらせた限りは確認できなかった。自由奔放な奴だったから、今でもどこかで風呂に入れないことに文句を垂れているのかもしれないな。

 校舎入り口にスタンバっている黒帯と巴御前よ。お前たちは俺に付き合ってくれるつもりなのか。

 ごめんな、世話をかける。


 俺のオートリーダースキルは、しょせんこんなものだったか。

 パーティメンバーたちにある程度の共闘感を与え、一つにまとめることはできたみたいだが……いくつも連続でクエストをクリアする喜びを味わわせてやれなくてスマン。

 生まれ変わったら異世界に転生して、レベルカンスト所持金MAX、魔王を瞬殺して伝承歌に歌われる英雄になりたいもんだな。


 俺は大蛇の鎌首が勢い良く振り下ろされるのを、微動だにせず見つめていた。

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