17 気安くオファーした「体育館掃討作戦」、その難易度
俺は、おなじみのメンバーを引き連れ、体育館の入り口に立った。
といっても、例によってガラス戸は粉砕されているので、わざわざ扉の部分から入る必要はなさそうだ。
それはつまり、バケモノもフリーパスで入れるということでもある。
「やっぱり、中にバケモノがいるかもしれない室内に入っていくのはぞっとしないね」
「でもまあ、フロのためならアタシも文句言わないよ。さっさとお掃除して、さっぱりしようじゃないの」
相変わらず自分の欲望に正直な料理番だが、作戦に意欲的なのはうれしいぞ。
自分たちの手で風呂場――正確にはシャワー室であり、湯船はないが――を取り戻した暁には、ぶっ倒れるまで湯を浴びるがいい。
俺は、体育館という名のダンジョンに足を踏み入れようとした。
「ちょい待ち」
「何だ、いいところなのに」
出鼻をくじいてくださった黒帯に、思わず本音がポロリする。
やや大げさにうんざりした表情で振り向けば、俺にも彼女が待ったをかけた理由がすぐにわかった。
ナビ女が震えている。素人目から見ても、顔色が悪い。
どうしたんだ? まだ十月だぞ。こんな状態になって季節感はないが、地下深くで火が燃えているせいか、逆に普段よりも気温が高く感じられるくらいだ。
「気を楽にしてくださいねー」
フニャフニャした声で、しかし衛生兵はテキパキとナビ女の額や首筋に手を当て、脈を計ったりしてやっている。
彼女がキビキビと動くたびに元気よく跳ねまわる乳ばかり見ているのも悪い気がして、俺は顎に手をやり、何かを考えているフリをした。
「大丈夫だよー、ゆーっくりしゃがんでみようか。ゆっくりでいいからね。目、つぶっちゃっても平気だよー。はーい、深呼吸」
オロオロする俺をよそに、それ以外のパーティメンバーたちは突然、女同士の謎の結束を見せた。
なあキミたち、そんなに親しかったっけ?
巴御前がとんでもないレースのハンカチを貸してやり、黒帯が背中をさすってやる。
なんてこった!
あの自己中な料理番までもが、ナビ女の顔を手であおいでやっているではないか。
俺?
俺は当然、全方位を警戒していたさ。全員が突然持ち場を放棄したんだから、仕方がないだろう。
――で、五分だか十分だかが経過した。
体育座りで俯いていたナビ女が、ようやく顔を上げた。
さっき見たときより少しだけ、血色が良くなっているような気がする。
「落ち着いたか」
身の置き所がなくてとても困惑していたことなどおくびにも出さず、俺はむっつりと問うた。
ナビ女はまだ焦点が合わないような危うい眼差しで俺を見上げてから、それでもしっかりとうなずいた。
「大丈夫よ。ごめんね」
うう……女は急にぶっ倒れたりするから油断がならない。
中学になり、高校になる頃にはだいぶマシになるが、それでも「えっ、そんなことで?」とビビるような理由で泣き出すこともあるな。
女を扱うプロなら、すかさず介抱したり慰めたりして株を上げるんだろうが、ド素人がヘタに手を出すのは危険だ。
タイミングが悪ければ自分が加害者のように見えてしまうし、胸を触ったとか触らないとかいう方向に話がねじ曲がって行くともう詰みである。人生の。
だから俺は距離をとって見守るにとどまったのだ。決して薄情なわけではない。
「あのね、わたし体育館に入るのが、怖いの」
「もしかして……中にバケモノがいるのか?」
俺の問いに、ナビ女は大きくうなずいた。
「それもね、なんかすごく怖い、ヤバそうな奴がいるの」
「さっき出くわしたフライドチキンみたいな奴よりもか?」
「うん……」そう言った声は、また涙声になりかかっている。「もう、なんか……次元が違うの」
武術家にでもなったつもりで意識を体育館に集中し、ナビ女が存在を主張するバケモノの気配を探ろうとしてみる。
だが、どんなに頑張って眉間に力を入れても、息をギリギリまで止めてみても、何も感じられなかった。
「宮沢さ、ゲームってやる? RPGとか」
「誰にモノを尋ねているんだ?」そう言いたいのをグッとこらえ、俺は無難な返答をした。「嗜む程度には」
「さっきのが、最初の町を出たところにいるザコだとすると……」
グッジョブだナビ女、そういうのは嫌いじゃない。そしてわかりやすい!
だが、次に彼女の口から発せられた言葉で、俺のテンションは奈落の底に叩きつけられた。
「体育館にいるのは、ラスダンにいる魔王の手前にいる中ボス」
……ほう!
棒っきれ一本を握りしめ、意気揚々と外に出たレベル1冒険者の前に、ラスダンの大ボスがいると。
ぜんぜんワクワクしてこないぞ。
もしかして、さっきから無闇やたらに乱立している気がする死亡フラグは、このことを暗示していたのか?
非常に残念なお知らせだが、風呂と布団は諦めてほしい。
俺はパーティメンバーに、今回のクエストをキャンセルする旨を伝えなければならなかった。