16 ネトゲあるある。風呂と睡眠がスルーされがち
あまり欲張らず、必要最低限の物資を手土産に、俺たちは校舎へと戻った。
窓から俺たちをずっと見守っていた生徒がいたらしく、俺たちパーティは校門で大勢の歓迎を受けた。
さすがにバトン部がユニフォームまで着用し、チアリーディングで迎えてくれたのには面食らったが。
まあ、好意として受け取っておこう。
俺の心が少しホッコリしたのは、おチビ――1-D唯一の生き残りの女生徒だ――が、とてもうれしそうに飛び跳ねて、全身で喜びを示してくれたことだ。
基本的に妹意外の女に特別どうこう思うことはない俺だが、少しだけ……ほんの少しだけだが、愛くるしいと思った。
ただ、彼女については喜んでばかりもいられない。
出会ってからこっち、まだおチビの声を聞いていないのだ。
自分以外のクラスメイトが全員目の前で惨殺されるという状況に置かれたのだから無理もないだろう。おそらく彼女は、ショックで口が利けなくなっている。
突っ込まれる前に言っておくと、巴御前も喋らない。
ただ、仲良しらしい黒帯の耳元に口を寄せて何やら話しているところは何度か見かけたので、単に俺と話したくないだけだろう。
俺としては、指示を理解してその通りに行動してくれさえすれば、相手に口がついていようがいまいが関係ない。
ネトゲでオートリーダースキル持ちの奴の中には、無言パーティを嫌う者もいる。
俺はまったり楽しくワイワイ冒険するよりも、効率的に目的を達成したいタイプだ。
だからパーティがお通夜だろうとまったく気にしない。自分意外のメンバーが全員むさ苦しいオッサンでも、気にしない。
「ふぃー、緊張したねぇ。まあ、戦いは避けられたからよかったけどさ」
「そうですねッ! 平和がイチバンですッ! みなさん、おケガがなくてなによりですッ!」
「ちょっとだけど、成長できた気がするわ。何ていうか、バケモノの気配がわかるようになったっていうか」
確かに、俺もそう思っていた。敵に対するナビ女の反応が、どんどん早くなってったのだ。
黒帯も、力強く同意する。
「すごいよねぇ、あなた! 体の中にレーダーでもあるみたいにさ。敵さんの姿が見えるより先に『いる』とか言うんだもん」
あのナビ女のセンスは、今後も役立ちそうだ。
肝心なときにパーティから外れられないよう、これからはあまり機嫌を損ねないように気をつけようと思う。
「ヤバい、アタシ臭い。ねえみんな、フロどうするつもり? 早くフロ入らないと、臭いが染みつきそうでやなんだけど。臭い体で料理なんか作ったら、臭い移りそうだし」
さっきから臭いのことしか話していないのは、料理番だ。
他に何か言うことはないのか、とは思うが、実際問題風呂をどうするかは切実だ。
気候もへったくれもない世界だが、砂塵まではいかないにせよホコリがすごい。すぐに肌がザラザラになる。
「そういや、体育館にあったじゃんね、シャワー室」
「あー! あった! いいね、行くよみんな!」
「待て」
そのままシャワー室にかっ飛んで行きそうな料理番を、ギリギリで制することができた。
料理番は、せわしなく長い髪をいじりながら、不機嫌をあらわにした表情で睨みつけてくる。
「体育館が安全だと、誰が保証できる」
「はぁ? 学校のバケモノは片づいたんじゃないわけ?」
「片づけたのは、校舎のバケモノだけだ。校舎から体育館までは距離もある。あの中のバケモノどもは」と、校庭を挟んだ向こう側にある建物を指差す。「丸ごと無傷で残っている……そう考えるほうが自然だ」
俺は言外に「今は諦めろ」と言ったつもりだ。
しかし、異論を唱えたのは意外にも衛生兵だった。
「しかし隊長ッ! 体育館にはおそらく、フトンがありますッ! 今夜寝るのに、必要ではないでしょうか! 自分はそろそろ、おフトンが恋しいでありますッ!」
まだ三時だけどな。
とはいえ、衛生兵の言うことはもっともだった。
この状況がいつまで続くのか、どうなれば終わりと判断できるのかは知らない。
ただ、黙っていても夜はやってきて、人間に寝床が必要だというのはわかる。
想像もつかない「エンディング」がやってくるまで、毎日固い床に寝っ転がる羽目になるのは、あまりにも切なすぎる。
「調達してきた物資を置いて、このままで待機していてくれ」
「ちょっと、どこ行くのよ?」
「生徒会だ」俺はナビ女に振り返りもせずに言った。「『体育館掃討作戦』の事前報告に言ってくる」




