12 泣く子も黙る最強武器、その名は――
作戦本部が設置された図書室で、俺は具なしのお好み焼きを頬張っていた。
労働したあとの飯はこうも旨いのか。体を動かすこと全般から離れて久しい俺は、しみじみと感心していた。
ちなみにこれは、料理番が腕によりをかけて作った作品だ。素材が乏しいため見た目は貧相だが、多数の調味料を秘伝の配合――ただの目分量ではないかと俺は予想する――で味付けした生地は、何というかダシが効いているように思う。
限られた物資をやりくりし、人を感動させる料理を創りだすとは、家庭科部部長は伊達ではないということか。
生徒たちの多くは、三~四人の班に分かれて校内を清掃している。
俺はまあ、バケモノ討伐の手柄があったため、免除された。
だからこうして、紛糾する生徒会の会議をワイドショー代わりに、優雅なランチタイムと洒落こんでいられるわけだ。
「だから、ちょっと外に出れば大人がいるかもしれないじゃないか」
「あのバケモノどもを見てないわけじゃないでしょ? 軽々しく外に出て、秒殺されたらどうするの?」
「もちろん何人かでチームを組んでもらうつもりだ。もう実際に足を使うしか、外部とコンタクトが取れないんだぞ。選択肢はない」
そう。あの後、残念なお知らせがあった。
携帯電話の電波が一斉に圏外になり、ラインやツイッターはおろか、ググることさえできなくなったのだ。
あのときのみんなのパニックぶりは、俺でさえ面食らった。災害が起きても平静を失わない日本人とはいえ、やはり災害と謎の勢力による襲撃というダブルパンチには耐えかねたのか。
むしろ今まで、スマホやケータイ、ネットへの依存度が高すぎたのだろう。常に誰かとつながっているのを心の拠り所としていた奴にとっては、突然無人島に放り出されたようなものなのかもしれない。
「おれたちには、圧倒的に知識と経験が少ない。大人の力を借りなければ、この先やっていけないぞ」
なるほど、ウィキペディアでもあてにしていたのか。
だが、十ギガを上回るデータ量のウィキペディアをダウンロードしてマイクロSDに保存してある俺に隙はない。
むしろ、どうして誰もローカルに落としていないのか不思議で仕方がなかった。こういう非常事態はもちろん、地下や山奥などに行ったとき、どうするつもりなのか聞きたい。
その六十四ギガのメディアに入っているのはアプリゲームだけなのか?
お好み焼きを食べ終えた俺は、ギャンギャン言い合う生徒会役員たちに、おもむろに声を掛けた。
「外の様子なら、俺が調べてきてやる」
「えっ」
「宮沢さんが、ですか?」
「もちろん、一人じゃない。あと五人、面子を借りる」
もともと俺は、学校を出るつもりだった。
回線ダウンの前にチェックした家庭連絡用ラインでは、妹と母親は無事だと確認できた。既読数がたりなかったので、恐らく父親はアクセスすらしていないようだが……俺の人生に今のところそこまで深く関わっている存在でもなし。
だから俺の最終目標は、帰宅することだ。揺るぎなく。
そのため、外の情報を集めておきたかった。
どれくらいの範囲にわたって何人くらいの生存者がいるのか。水や食料、電源を確保する術はあるのか。
あとは目を逸らすわけにはいかない、バケモノどものこと。
「というよりも、俺自身が外の様子を把握しておきたい」
エンドレスな水掛け論が何ループ目かに差し掛かったころ、俺は再度申し出た。
そろそろこの客人扱いも居心地が悪くなってきた。
「宮沢さんがそこまで言ってくれるなら、お願いします」
クエストオファー成功だ。
俺はまず、パーティメンバーを再招集することにした。
今なら俺のパーティ募集を無視する奴は少ないだろう。だが、あくまで最初に作ったパーティで行く。
前にも言ったように、不測の事態で目的を達成できないままパーティが解散することもある。そういうときはメンバーの名前を控えておき、次のパーティメイクの際に優先的に声をかけるのだ。これが、リピーターにつながる。
次の機会にはメンバーを総入れ替えするかもしれないが、自分の作ったパーティがどんな連携をするのか、相乗効果でどれくらいの力を発揮できるのか見てみたい。そう思うのは、オートリーダーの性なのだろう。
それから俺は、校内のほうぼうに散ったメンバーをかき集めた。
これがなかなか大変だった。適当な人間にメンバーの特徴を伝え――なにせ名前を覚えていないのだから仕方がない――聞き込みをしつつ一人ずつ探しだしていかなければならない。面倒くさいお使いクエストをさせられている気分だ。
結局、俺の元にナビ女、料理番、衛生兵、黒帯、巴御前が再集結したのは、生徒会からオファーを受けてから一時間以上経ってからだった。
装備、特に武器は一部新調した。部室倉庫から、野球部の金属バットやヘルメット、キャッチャーの防具、剣道の木刀など、それぞれ取り回しやすいものを身に着ける。
ついでに用務員室まで行き、俺はかねてより目をつけていた伝説の武器――金属製シャベルを手に取った。
「巴御前、コイツとモップ、どっちがいい?」
爺さんが薙刀のお師匠といういかにもな大和撫子に、シャベルとモップを見せて尋ねた。
巴御前はまずモップを手に取り、構えて見せる。薙刀とは重心がかなり違うため扱いにくいのか、彼女は小首を傾げていた。なんとも可愛らしいが、構えからのモップさばきは、思わず「おおっ」という声が漏れるほど見事だった。
次にシャベルを手に取る巴御前。しばらくどう持つか迷うような仕草を見せたあと、無言で突っ返してきた。
あくまで声を発しないつもりか。可愛いから許すが。
そんなこんなで、シャベルは俺の武器になる。
形状と重心から、RPGでいうバトルアックスに近いのだろうか。戦闘時には振りかぶって構え、刃に見立てた頭部で斬りかかれば良さそうだ。
あいにく武術の心得どころかスポーツの経験すらないが、なんとかなるだろう。なってもらわなければ困る。
俺たち六人は生徒たちに見送られつつ、学校の敷地から足を踏み出した。