10 初戦でボスを撃破したが、電気弱点だったのかもしれない
俺はダッシュしつつ最前列窓側の机に飛び乗った。
バケモノが、教室の壁を粉砕して飛び込んでくる。耳がもげそうな大声をあげながら。
「外だ! 外へ出ろ! 窓から飛べ!」
一年生に力の限り、バケモノの叫び声にかき消されないことを祈りながら叫んだ。
ここまできたら、俺はもう彼女のためにどうしてやることもできない。
死にたくなければ、生き残りたければ、足を動かしてくれ。
少女が窓に駆けていく。窓枠の一メートルほど手前で踏み切る。彼女の足が、床から離れた。
バケモノと俺の距離は、二メートルを切った。
俺はテレビを床に落とした。デカいブラウン管テレビは予想より重く、若干手間取った。
だから、テレビが床で火花を散らすまでの間に、バケモノは手を伸ばせば触れられる距離にまで迫っていた。
だが、それが俺と奴とが一番近づいた記録だ。
眼前で奴が眩しく輝いたような気もしたし、景気の良い破裂音を聞いたような気もした。
つまりどういうことかって言うと、わけがわからない。
そして静寂。
――おお、生きてる。
窓から硫黄臭い風が吹き込んできた。俺の眼前まで迫っていたバケモノの顔……って言うのか? ほぼ教室を占領している頭部が、風と共に消えていく。あ、もしかしてコレが風と共に去りぬってやつなのか?
ともかく、バケモノは巨大な残骸を残すことなく、ものの一分やそこらで跡形もなく消えた。いちいち「なんで?」「不思議!」とかリアクションするのも面倒なので、淡々と作戦の締めに移行する。
いつの間にか廊下の蛍光灯も消えてるのは、恐らくブレーカーが落ちたのだろう。
漏電すると勝手に処理してくれる遮断機的なものか。
それでも一応、俺は机に乗ったまま多少無理な姿勢で腕を伸ばし、ブラウン管の大破したテレビのコードを抜いた。
……それで、水に帯電している電気はどれくらい待てば消えてなくなるんだ?
華麗に勝利宣言して足を下ろしたとたんに感電死なんてことになったら目も当てられないので、ここは慎重にいこう。
俺は机からそのまま窓枠に飛び移り、外に出た。
それからスマホを取り出してラインにつなぎ、「とりあえず終わったが、念のためそのまま机の上で待機」と入力。
視線を感じて横を見ると、1-Dの女子生徒が深々と頭を下げた。
「無事だな。よし」
どうせ覚えられないので、あえて名前を尋ねないのが俺クオリティ。
さて、この辺りはあのダンゴムシの大軍団がいたところだ。奴らは下水に消えたが、何かの弾みで舞い戻って……。
ラインの着信音がピロピロピロピロうるさい。「おめー!」とか「GJ!」とか、いちいちレスしなくていいんだよ。
俺は努めて無表情のままスマホの電源を切り、一年生を伴って移動を開始した。
普段生徒が利用する通用口とは反対側の廊下突き当りにも、裏口がある。
入ればすぐに用務員室だ。
俺は床を避けて用務員室の受付にある小窓に取り付き、中に入る。
天井付近を見回して、ブレーカーをロックオン。バランスを崩さない限界まで体を伸ばし、メインのレバーを下ろした。
カタン。
小気味良い音が静寂の中、俺の耳に沁み入ってくる。
これで大丈夫、だよな?
ビリビリきたり、しない……よな?
しばらく小窓に腰掛けたまま、心を落ち着かせる。
気持ちは、一〇〇メートル下のプールに飛び込みする選手だ。
鼻から息を吸って、止めて。俺は小窓から飛び降りる。
ビシャッという音と、飛沫をあげて、俺は廊下に着地した。
ほ……ほらな? OKだっただろ?
俺は立ち上げたスマホのラインに書き込んだ。
「作戦成功。各自自由に行動してよし」
とたんにまた怒涛の着信がピロピロピロピロとうるさい!
だが俺は、今度はスマホを鳴るがままにして階段を駆け上がった。
もちろん、小さなお客さんも一緒だ。