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01 その日、終末は黒インクのように世界を侵食した

Kuraudo:今日もお疲れっした! やっぱYamatoさんのパーティは稼げるわー

Yamato:こちらこそ助かりました! やっぱKuraudoさんいると敵、一瞬で溶けますもん^^

Kuraudo:おー! 武器奮発してよかったー! 明日もご一緒していいです?

Yamato:あースミマセン。自分、再来週までインできないんですよー

Kuraudo:ありゃー残念。じゃ、また見かけたら声かけますね。あ、フレンドいいすか?

Yamato:もちろん!


 なんてことをモニターに向かってタイピングしながら、Yamatoこと俺、宮沢大和みやざわやまとは深く長い溜息をついた。

 明日、学校の直下でピンポイントに巨大地震が起きてくれないもんか。でなけりゃ、校庭で不発弾が発見されるんでもいい。それでもダメならアレだ、突如襲撃してきたテロリストに学校が占拠されるんでもいいや。

 とにかく俺の言いたいことはただひとつ。


「あー、学校行きたくねー!」


 翌日、俺の微かな期待は打ち砕かれた。


「学校で異臭がするそうだから、全校生徒は自宅待機って連絡網回ってきたわよ」


 と言う代わりに、マイマザーは「今日からゲーム禁止よ」という、ある意味死刑宣告にも等しい無慈悲な言葉を投げつけてきた。

 そして食の進まない俺に無理やり目玉焼きとベーコンとスープと納豆とご飯を食わせ、家から追い出した。


 学校なんてデフォルトでクソだが、今日から一週間ちょっとはマジキチでクソだ。

 何なの、試験週間て? 学費払ってる以上、俺はお客様なんじゃないの? それに恐れ多くも点数をつけるとは何事かと。でもって、点数つけたからって、別に何が起こるわけでもなし。そりゃよっぽど酷いとアレかもわからんが、普通にしてりゃ退学させられるわけでもなし。

 そんなよくわからないゴミイベントで、俺の貴重な青春時代という時間を浪費させないでほしい。


 すごいな人間って。文句ならいくらでも出てくる。

 だから俺は、日本の学校教育について脳内で徹底的に噛みつきながら登校した。やたらめったら風が強かったのも腹立たしかった――が、ぶっちゃけパンチラ案件も二つほど発生したので、学校に着いた頃にはニュートラルな感情になっていたハズ。

 そして、そっと席に着いた。


「おはよー」


 とか俺が言うと思うか? 言うわけない。言う相手がいないんだから。

 隣の席の奴とは、まあしゃべることもある。つっても、事務的なことだけだが。たとえば、「今教科書何ページ?」とか「次の体育って校庭?」とか。

 だから、間違っても「気になる女子いる?」なんて会話にはならない。したがって当然、俺がネトゲ『バベルブレイカー』通称『BB』において、ギルド無所属のなかでは装備、プレイヤースキルともにかなり上位の位置にいることも言っていない。


 とりあえず、「ネトゲ」と言った途端にクラスカーストの最下位に転落するのは間違いないだろう。世間は、そして学校は――俺の学校だけかもしれんが――オタクに理解がないからだ。

 自分の趣味がゲームだと明かすこと自体は、即座に死亡フラグではない。メジャーどころ、たとえば『マリオ』シリーズはセーフ。『モンハン』シリーズも、問題ないだろう。それが『ドラクエ』シリーズになると、ちょっと雲行きが怪しくなってくる。そして『FF』がオタク認定の境界線だろうか。

 ネトゲは多分、ギャルゲーと同列くらいにドン引かれる。言ったが最後、卒業まで「オタクキモイ」と囁かれ、汚物扱いされる運命から逃れられない。


 だからリアルじゃ趣味の話をする相手もいないわけで、ネトゲの中ではかなりの有名人だということも、もちろん知られていない。

 『BB』――ネトゲの中の俺、つまりYamatoは、リアルの俺より若干社交的だ。実際顔を合わせてなければ、どんな自分も演じられるから、少し大胆に振る舞えるんだ。

 それでも集団行動は苦手だから、ギルドには所属していない。だが俺には、オートリーダースキルがある。


 オートリーダーは、ゲーム内のスキルではなく、いわゆる中の人にひも付いているプレイヤースキルだ。レベル上げの狩りとか、ミッションのボス討伐とか、何をするにもパーティプレイが強制されるゲームでは、ソロプレイはほぼ不可能と言っていい。ギルドに所属していればその中で誘ったり誘われたりするんだろうが、所属していない奴はどうするか?

 ひとつが、オートリーダースキルの発動だ。プレイヤーが密集している町で「レベル上げにいきませんか? 当方タンク。アタッカー三人、バッファーとヒーラー一人ずつ募集!」などと全体チャットを流すと、参加したい奴が集まってきて、めでたくパーティが完成する。二つ目の選択肢ってのが、誰かが募集チャットを流すのを待っていて素早く乗るという方法。

 いつもオートリーダーを発動していると、常連さんがつく場合がある。昨日の、Kuraudoさんみたいな人だ。俺は自分のタンクスキルも装備も気を遣っているし、狩場の選定や戦闘の指揮にも定評があるからな。まあ人望ってやつだ。常連さんがつねに何人かいれば、何分もパーティメイクに時間を費やさず、サクッと冒険に出発できる。そうすると、さらに常連さんが増えて、以下エンドレス。


「さー、今日から試験一週間前だぞ。みんな気合入れろよー」


 予鈴と共に担任が教室に入ってきた。悪夢だ。本当に今日が――試験週間が始まってしまう。

 もうこうなったら贅沢は言わない。校庭に犬が乱入してくるだけでいい。この忌々しい期間が始まってしまうのを何かが阻んでくれるように、祈った。


「……あれ、揺れてる?」

「なんぞコレ。地震じゃないぞ」


 前触れもなく教室が揺れ、クラスが騒然となった。掃除ロッカーが大きく震え、各自の机のサイドにかかったカバンや体操着袋が円を描く。


「みんな落ち着けー。とりあえず教室のドア開けろ」


 担任が両手をメガホンにして叫び、思わず立ち上がった何人かの生徒を席に座らせた。


 揺れは長くは続かなかった。でも地震ではないことは明らかだ。生まれてからこれまで、下は震度一から上は五強まで、さまざまな地震を何百回も体験してきたからこその確信。

 そんな得体の知れない事態に遭遇し、俺は嗤った。これだよ、これを待ってたんだ。


「何アレ! 空が変!」


 女子がキンキン叫び、何人かが窓に殺到した。

 俺は窓際だったので、言われるままに首を持ち上げる。目に入ったのは、思ったよりもヤバそうな事態の前兆だった。


 まだ午後にもならない明るい青空を、黒いインクのような漆黒が侵食していく。

 そうかと思うと、雷の親玉みたいな音が上空で轟いた。女子の何人かがひっくり返る。さっきよりも多くの悲鳴がほうぼうで上がった。

 それだけでは終わらない。雷が鳴り止むか止まないかというところで、音は唐突に変化した。ホルンだかチューバだか知らないが、とにかくゾッとするほど低く大きな音が空からのしかかってくるのだ。

 空の陣取りゲームで黒が優勢になるに従い、この時間だというのに街灯が点灯し始める。さもありなん、もはや夕方のような暗さだ。


 担任が教室の前ドアから首を出して、前後のクラスの担任と何かを話しているのが聞こえる。いつも間延びした話し方の担任だが、今はウソみたいにドシリアスな口調だ。


「先生、職員室に行ってくるから、みんな席から動かずに待ってること。関口、クラス委員、いいな、頼んだぞ」


 そう言って、担任は慌ただしく出て行った。

 もちろん、生徒たちがこんな千載一遇のイベントにおとなしくしていられるはずがない。それぞれ小さなグループに固まって、興奮気味に話し始めている。


「コレ、ヤバいって! さっきの絶対、アポカリックサウンドだもん」

「でもなんだろうな、見たことも聞いたこともない現象が一度に起こるんだもんよ」

「いよいよ終末来たか」

「これさ、試験ナシになんじゃね?」

「だな。まずは一斉下校か」

「さらに事態がヤバければ、明日以降も休校になる可能性が!」


 もちろん俺はそういった会話に加わることなく、クールに外を見つめていた。

 こりゃすごい。不発弾よりテロリストより、俺にとっては最高のプレゼントだ。担任が戻り次第一斉下校は確定だろう。

 後は問題は――昼前に家に帰ったとして、『BB』ができるかどうかだ。この事態が何であれ、ショボければ明日は通常登校ということになり、やっぱり試験週間ということになってしまう。いずれにせよとりあえず、夕方までは親も帰ってこない。その間だけでもレベル上げパーティを作ろう。


 ――窓の外で、ガチガチともバラバラとも言うような、異様な音がした。

 反射的に顔を上げると、窓の外は何かがとんでもない勢いで降り注いでいた。どうもそれが地面に落ちて、あるいは窓ガラスにぶつかって音を立てているようだ。下のほうで、ガラスが割れるような音がした。硬質らしいその何かが、どこかの教室の窓をブチ破ったのだろう。


「なに……あれ……」

「雹……じゃないな」


 さっきまでは興奮とウキウキが一緒くたになっていたクラスの会話のトーンがおかしい。もしかするとこれは、自分たちが想像しているのよりも、はるかに退っ引きならない事態なのかもしれない。

 なぜなら降り注ぐ何かは黒く、バレーボールくらいの大きさがあったからだ。

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