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◆◆◆
大地に寝転がる。
すっきりとした倦怠感が身体を巡っていた。
まあこの身体は白骨なので、これはあくまで精神的なものに過ぎないのだろうが••••••。
首を巡らせると太陽が山間からその顔を覗かせ始めており、辺りにはうずたかく灰が積もっている。
「俺は、ーーー“私”の名はモードレッド。偉大なる戦士の国ブリタニアの騎士」
それが“この”身体の本来の持ち主の名前だった。
あの極限状態の最中、溢れかえったあれはモードレッドという人物そのものと言えた。
それは彼の経験であり、知識であり、人格とも言える。彼が生きている間に蓄積した全てが自分の中に流れ込んできたのをはっきりと感じたのだ。
あれをあえて言葉にするならば、きっとこの肉体(正確には骨)に刻み込まれた魂の記憶というべきものなのだろう。
ただそれらははっきりと感じれたというのに、そうなった原因や理由はさっぱりと分からなかった。
しかも大半はごちゃごちゃと頭の中のあちこちに入り込んでいるようで、脳内を整理するには少し時間がかかりそうだった。
今の所まともに理解し獲得出来ているのはモードレッドが身に付けた武術や戦闘の経験だけ。
それだけでも納まるべきところに納まるべきものが綺麗にハマった感覚は全身を痺れさせていた。
いつまでもこの余韻に浸っていたかったが、そういう訳にも行かないだろう。
ぐいっと身体を起こし、片膝を地に付ける。
左手で握拳を作り右手でそれを包むと、その両手を顔の前まで持ち上げた。
それはモードレッドの知識にあった鎮魂の祈り。
多くは戦場にて用いられたそれを今この場で行う。
所詮は借り物の知識に過ぎない自分の祈りでいったいどれだけの意味があるのかは分からなかったが、ただ祈らずにはいられなかった。
それはあの魔物達の知識を得たからだ。
グール。
それは不遇の死を遂げた魂が負の怨念に染まり、死後もこの世に留まり続ける存在。
「まだ生きていたい」「大切な人を遺して逝きたくない」「なぜ自分がこんな目に」
そんな強すぎる執着は次第に魔性を帯び、己への嘆きは生者への嫉妬に変わる。
怒りではない。
恨みではない。
嫉妬。
なぜ自分は死んだのに、おまえ達は生きている?
グールとなった彼等に意思は無い、生前の記憶も、他者への想いも。あるのはただの嫉妬のみ。
なぜ嫉妬しているのかも分からずに生者へ嫉妬する。悲しく虚しい魔物。
それがグール。
それを知ったからこそ祈る。
少しでも彼等の魂に安息が訪れる事を願って。
太陽が登り切るまで、ただひたすらに祈り続けた。
◆◆◆
「うぇっぷ、食い過ぎだぁ」
パンパンに膨れたお腹をさすりながら皮鎧に身を包んだ少年はのろのろと集団の後を歩いていた。
「ちょっと、ルイ!はしたなくてよ!」
輝くブロンドの髪をふるいながら前方を歩いていた少女はつり目気味の瞳をさらにつり上げる。
ルイと呼ばれた少年は短く刈り込まれた赤銅色の髪をかきむしりながら唇を尖らせる。その褐色の肌に赤銅色の髪は集団の中においてやけに目立つ。
「だってよー。今日の夕方から少なくとも3日はまともな飯にありつけないんだぜ?食い溜めしとかなきゃやってらんないだろ」
「だってではありません。私達は栄えある王国の騎士となるべく修練に勤しむ身。たかが3日間の野営如きで音を上げるなどーーー」
「でもフラムだってしばらく風呂に入れないからって今日は朝から馬鹿みたいに早起きしてずっと湯浴みしてたじゃん」
「••••••それとこれとは話は違いますわ」
なんだよーと口を尖らせるルイと、ふんと鼻息を荒げるフラム。器用に歩きながら口論を続ける2人の間に黒髪の少女が潜り込んだ。
「ま、まあまあ、2人ともその辺にしとこう。ほら教官もこっち見てるし、ね?」
「ちぇー、サクヤがそう言うなら」
「ふん、サクヤさんがそう言うなら」
ムッと、再び睨み合う2人にサクヤはアハハと困った笑みを浮かべた。
その後もルイとフラムは事ある毎に口論になり、それをサクヤが止めるを繰り返していた。
傍目には仲が悪いように見えるだろうが、実際彼らにしてみればこんなモノはたわいのない日常会話みたいなものだった。
それからほぼ丸一日歩き通して、やっと目的地に一行は到着した。
「全員、整列!」
「「「「ハッ!」」」」
山の麓に集められた集団の前には大人が四人腕を広げて横に並んでもまだ余裕はありそうな大穴がぽっかりと空いている。
内部は木材を使いしっかりと補強してあり、よく見ると入り口周辺には簡素な小屋が立ち並んでいた。
禿頭の教官の号令に60人に及ぶ集団は返事を返し素早く班ごとに並び点呼をとっていく。
第一班、全員揃いました!
第二班、全員揃いました!
第三班、••••••と順々に続いていき第二十班の報告が響いてから教官は姿勢を正し直す。
「さて、では今回の実習のおさらいをする。ダミアン班長!」
「はい!」
未だにあどけなさの残るそばかす顔の第一班・班長ダミアンは仰け反るようにして声を張り上げた。
「今回の実習の目的は?」
「はい。我々、王立魔法騎士養成学院・第203期生の進級試験の為です!」
「宜しい。ーーーではサーラ班長、今回の実習内容を詳しく説明してくれたまえ」
次に呼ばれた、たれ目に個性的な腰飾りを付けた第四班の班長サーラは欠伸をかみ殺していた所をめざとく見つかったらしい。
「ふぁい!王国南方に位置する、ここシュミッツガルド連峰にある第三廃坑最奥にて踏破の証を受け取りその足でガザの街に戻る事です!」
欠伸の途中であった為、やや間の抜けた返事となったがとくにお咎めはなかった。よし、と小さく頷き教官は端から端へと視線を巡らせる。
「廃坑内は事前に我々教官と上級生達で調査を行い、危険度の高い場所は封鎖し魔物は排除してある。深さも地下三層しかない上にたいした広さも無いーーーー」
そんな教官の言葉に一瞬、ほっとした空気が生徒達の間に流れたが教官の鋭い眼光と眉間に寄った深い皺で全員の顔に緊張が戻る。
《王立魔法騎士養成学院》
古くから有能な騎士を輩出してきた歴史ある学院。
その最終学年である第三階生に上がる為の試験は毎回、命の危険に直結した試験が行われる事で有名だった。
というのも第三階生になれば実際に騎士団や軍隊と共に実戦を行う機会が大幅に増えていく。その時になって実戦はしたことがありませんとか、人を殺めて気分を害して戦線離脱では話にならないのだ。
だからこそひとつの節目となるこの進級試験には過酷な試験内容が用意されている。
「ーーーが低級の魔物は意図的に残してある。またあれから数日がたっている為、新たな魔物や犯罪者が入っている可能性は十分にある。ここは実戦をろくに知らぬ貴様らにとって初めての“命の奪い合いの場”となる」
じろりと目線だけで周囲を見やる。
まあここ数年は奇跡的に死者こそ出ていないがな、と呟いた教官の言葉に皆の引き締まった表情の中に再び小さく安堵の色が浮かんだ。
「だが俺ももう年だ。最近腰も悪くてな、“去年のように生きたまま足を食いちぎられても”俺は運べんぞ?」
全員の顔が一斉に凍った。