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◆◆◆
ゆっくりと太陽が山間に沈んでいく。
明るく強い日差しは柔らかい山吹色に変わり、そしてその姿を完全に隠し世界は夜へと姿を変えた。
そこまで来て初めて野営の準備をまったくしていない事に気がついた。
(馬鹿か、俺はーーー!?)
何を呑気に鼻歌なんかを歌っていた!
2~3時間前の自分を殴り飛ばして説教のひとつもかましてやりたかったが、残念ながら今までそれに成功した奴なんて知らなかった。
スケルトンになっているせいか暗闇でも不思議と辺りの様子は良く見えたが、それでも人より少し夜目がきくよなという程度だった。もちろんこの広い森をうろつきながれ落ち葉や枯れ枝を探すなんてとても出来なかった。
油断大敵
その言葉が脳裏で明滅していた。
そもそも明るい内に野営の準備するなんてちょっと考えればアウトドア経験が無くたって分かったはずだ。出発前はあれほど一つ一つの行動に慎重と思案を重ねたというのに少し平和な時間が続いただけでここまで考えが及ばなくなるなんて、自分の平和ボケした頭が無性に憎らしかった。
(だってしょうがないだろ••••••!)
現状を打開する為の考えよりも、言い訳の言葉が次々に溢れてくる。
(そもそもこちとら3日前までただの高校生だったつーの!休みはゲームばっかりして親に怒られて、友達とつまらない事で馬鹿みたいに笑ってーーーーそんなどこにでもいる普通のガキなんだよ!!)
もう頭の中はパンク状態だった。
この2日の間、何事にも慎重で楽観視しない性格故に辛うじて保たれていた安定、それがたった一度の失敗で崩れ去った。
失われた安定は精神を磨耗させる。
なけなしの理性が悲鳴を上げていた。
元いた世界と違い人工の灯りが一切ないこの世界の夜は暗い。暗くてーーー怖かった。
そんな時
•••••••••ァァア
声が、聞こえた。
◆◆◆
ズズ、ズズズ。
何かを引きずる音が鈍く聞こえる。夜の闇夜にぼんやりと人型のシルエットが浮かぶ。
「だだ、だれだっ!?」
声は震えて、音程外れ。
しかし今はそんな事、気にもならなかった。
•••••••ァァァアア
かすれた声がまた聞こえる。今度ははっきりと。
反射的に槍を構えた。自分でも腰が引けて及び腰になっているのは分かる。
カタカタと手が小刻みに震える。
ズズ、ズズズ。
枝葉の隙間から僅かにそそいだ月光に“それ”が照らされた。
「ひぐぅ!」
腐っていた。どうしようもなく死んでいた。
腐臭を放ち、かすれた呻き声を呟きながら森の奥から現れたのは動く死体・グール。またはアンデットと呼ばれる怪物だった。
死後、それなりの日数がたっているのだろう。身体の至る所の骨が剥き出しになっており歩くたびに湿った粘着質な音がした。
蛆にたかられた口元がにちゃりと大きく開く。
ァァァァァァァァアアッ!
かすれた声が夜の森に響きわたった。
「あ」
かくんと足から力が抜ける。
腐れた血肉がどろりと口から垂れた。
「ひっぎぃ、ひぃぃぃ!」
一瞬で何もかもが消し飛んだ。
ただおぞましく、恐ろしい。
槍を投げ捨て転がるように駆け出した。
極度の恐怖は嫌な想像をかきたてる。
ただの枝葉までもが腐肉に包まれた腕に見えたし、何もない所にあの腐れた顔が浮かぶ。
怖い。
暗い。
嫌だ。
怖い怖い暗い怖い暗い怖い嫌だ怖い怖い暗い怖い暗い怖い怖い怖い怖い嫌だ怖い怖い怖い怖い暗い怖い怖い怖い怖嫌だい怖い怖い怖い暗い怖い暗い怖い怖怖暗怖怖怖嫌怖怖怖嫌嫌怖怖暗怖嫌怖怖怖暗怖怖怖暗怖怖怖嫌怖怖怖嫌怖
どこかで悲鳴が聞こえた。
誰が叫んでいるんだろうと酷く冷静な自分がいる。
叫んでいるのは自分だというのに。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァ、アァッ!?」
ガグンと右足の動きが意志とは反して止められ、盛大にずっこけた。顔面から凄まじい勢いで地面に倒れ込む。
恐る恐る右足を見てみれば、あの腐肉に包まれた手に掴まれていた。地面に転がっていたグールを踏みつけてしまったらしいと気付いた時にはもう遅かった。
辺りを見回せば同じようにゆっくりと起き上がるグール達。
見えなければ良かった。そう心の底から思った。
周囲一帯には数十を超える死体、死体、死体。
騒ぎ散らすこちらに惹かれるようにわらわらと彼等は群がってくる。
「くるなぁ!来ないでくれ!やめ、やめろ!やめてぇぇぇ!」
少女のような金切り声を上げた。
無数、手、掴む、引き摺られ、悲鳴、腐臭、呻き、絶叫、恐怖、手、噛みつき、手。
思考がばらばらに砕け散っていく。
手足をばたつかせる位しか、抵抗の手段なんて持ち合わせていなかった。
(誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か、誰か!!)
助けて
瞬間、猛烈な勢いで“何か”が全身に溢れ出した。
大半は濁流のように流れていくだけだったが、いくつかは胸に染み渡っていく。
ぎゅるぎゅると“何か”が溢れ続ける。
何が?
ーーー分からない。
ただ、それが自分でない他の誰かのモノであった事だけは分かった。
万の何かが溢れ出し、百の何かが毛利祐一の中に溶け混んでいく。
洗面台に溜められた水が排水口に流される最後の瞬間、激しく渦を巻くように。ギュルリと最後の“何か”は一段と強くはっきりと“再生された”。
『ーーーまだまだ子供だな、モードレッド』
顔も思い出せないどこかの誰かはそう優しく呟いた。
「あぁ、ああ、あああああっ!ロンゴミアントォォォォォォォォォオ!!」
叫ぶと同時に凄まじい勢いで白い残像が夜の闇に浮かびあがった。
それはあの白の槍だった。
ひとりでに飛んできた槍は群がるグールを柄で蹴散らしながら、この手に飛び込む。
「『白く』、『輝く』、『送り火』、『付加』!」
矢継ぎ早に単語を紡ぐ。
それは今まで使っていた日本語とは違った言葉。
光•火混成魔法《輝火》・術式付加
頭に浮かぶその魔法の名を、ごくごく自然に呟く。
左手の人差し指と中指に金色の炎が灯る。
それを槍の穂先に滑らせると炎は瞬く間に槍に燃え移った。炎の灯る槍を全身の動きを連動させた最小限の動きで振るう。
B級のゾンビ映画よろしくに群がるグールの群れを一薙ぎで切り払う。一刀で首が胴が手が足が輪切りにされる。恐ろしいまでの切れ味だった。
指を、掌を、腕を巧みに操りまるで円を描くようにクルクルと槍を振り回しながらグールを次々に斬り伏せていく。
槍がまるで己の身体のように感じられた。頭で描いた通りの軌道を駆け巡り、金色の軌跡を残しながら槍はグールを斬り伏せる。
斬り口からは勢いよく金色の炎が燃え移り、轟々とグールを燃やし尽くしていく。しかし草木にはまったく燃え移らず、その金色の炎はグールのみを燃やしていた。
“それもそうだろう。なにせ《輝火》はグールなど〔闇〕の属性を強くもつ者だけを燃やす魔法なのだから”
そんな知らない知識がすらすらと浮かんでくる。
分る、解る、判る。
どのように身体を動かせばいいのか。
どのように槍を振るえばいいのか。
どのような魔法が、どんな敵に有効なのか。
まるで何十年も慣れ親しんだことを反復するかのようにただひたすら群がるグール達を相手に槍を振るい続けた。
この時、不思議とグールに抱いていたのは怒りでも恐怖でもなく、ただ憐れみの感情だった。
初めてバトルパートを書いてみましたが疾走感のある戦闘描写って難しい!自分なりに工夫してみましたが、まだまだ死ぬほど精進が必要ですね(笑)
色々と文章の練習をしながら執筆していこうかと思いますので途中で文章の形態を修正するかもしれませんが、根気よくお付き合い頂ければ幸いです。