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愛する妻と娘

総合PV50万突破ありがとうございます!

たくさんの方に読んでいただけて、本当に嬉しいです。

感謝の気持ちを込めて、番外編を書きました。

楽しんでいただけますように。

 青い空を仰ぎ見ると、翼を大きく広げた鳥が目に入った。気持ちのいい晴天に、ジェームスの顔は自然とほころんだ。


「見ているか、ベルローゼ」

 そう語りかけると、墓石に備えた百合の花がふわりと揺れた。まるで愛しい妻ベルローゼが微笑んだかのようで、ジェームスは思わずその花に優しく触れていた。

「私は、国王になったよ」

 自分が王になることはないだろう、と思っていたのに、いつの間にか娘にお膳立てされるかたちで王位に就いていた。あの時の衝撃を思い出すと、今でも苦笑が漏れる。まさか自分の娘が革命に関わっていたなど知る由もなく、一人で戦う気でいた自分は滑稽だった。

「私たちの子、ティアレシアのおかげだよ。あの子は本当に強い。君もきっと誇らしく思っているだろうね」

 ジェームスは、ゆっくりと目を閉じて、ベルローゼを思い出す。




 出会った当初は、いつも無表情で、警戒するように周囲を冷たく睨みつけていた。顔のつくりがきれいな分、ベルローゼの表情は人々を怖がらせた。どこぞの貴族が主催した舞踏会でベルローゼを見かけたジェームスも、最初はとっつきにくい令嬢だと思っていた。

 しかし、何度か社交界で見かけているうちに、彼女が緊張しているだけなのだということが分かってきた。周囲を無駄に威嚇して孤立している彼女を放っておけなくて、それでも王族という立場上声をかけることもはばかられて行動できないでいるうち、彼女を観察ばかりしていた結果である。

 しかし、ある時ジェームスが声をかけるきっかけが舞い降りてきた。

 国王主催の大きな舞踏会で、緊張していたベルローゼが手を滑らせて花瓶を落としてしまったのである。しかもその花瓶があまりに頑丈で、テーブルから落ちたはずみでころころと転がり、どういう訳かジェームスの足にコツンと当たったのである。

その瞬間、ジェームスは恥ずかしい話、運命を感じたのだ。


 ――お怪我はありませんか。

 足にぶつかった花瓶を拾い、ジェームスは花瓶が転がって来た道を歩いてベルローゼの前に立った。


 ――ジェームス殿下、申し訳ありませんでした。


 そう言って目に涙を浮かべて頭を下げるベルローゼに、ジェームスは大丈夫だと優しく微笑みかけた。


 ――あなたが無事でなによりです。もしよければ、私と踊っていただけませんか。


 今まで再三女性の誘いを断り続けていた第二王子が、影で〈氷の令嬢〉と呼ばれていたベルローゼにダンスを申し込んだ。

 その場にいた誰もが、二人に釘付けになっていた。


 ――わたしでよければ、喜んで……。

 この時までずっと無表情で、誰もベルローゼの笑った顔など見たことがなかったというのに、ジェームスの差し出した手を取った彼女は恥じらいながらも微笑んでいた。それはもう、氷のような冷たいものではなく、春のようなあたたかな笑みだった。


 ジェームスはベルローゼの笑顔に心を鷲掴みにされ、その舞踏会の日から何度も彼女と会う約束を取り付けた。ベルローゼは美しく、婚約者がいてもおかしくはない年齢だった。だからこそ、ジェームスは彼女の心を得るために迅速に行動する必要があったのだ。

 ベルローゼは、緊張するとおそろしく無表情になってしまうが、ジェームスはそんな彼女も愛おしいと思うようになっていた。

 時々、ふいに見せてくれる笑顔の価値を知ってしまったから。

 それに、その笑顔を見ることができるのは自分だけ、という特別感に浸っていたのかもしれない。それほどまでに、ジェームスはベルローゼに恋をしていた。


 出会って半年で、ジェームスはベルローゼに求婚した。


 ――ジェームス様がいると思うと、いつも以上に緊張してしまって、わたし、全然かわいくないでしょう……? それなのに、どうしてわたしを選んでくださるのですか?


 ぎゅっと眉間にしわを寄せ、睨み付けるようにしてジェームスを見つめたベルローゼは、求婚にこう返してきた。


 ――私は、ベルローゼでなければ駄目なんだよ。君が何に対しても一生懸命で、心優しい娘だから、私は好きになったんだ。それに、緊張している君も、かわいい。何度言えば、わかってもらえる? 私の気持ちが本物だと。


 ベルローゼは一生懸命で、他人の気持ちを思いやれる優しい娘だ。だからこそ、気にしすぎて緊張してしまう。周囲を睨んでいたのは、周囲に気を配っていただけ。無表情になった時は何か考え事をしたり、悩んでいる時が多い。そして、ジェームスが声をかけると、わかりやすいぐらいに動揺を示し、頬を染める。彼女は無表情ではない。噂話をする周囲が見ていなかっただけで、とてもかわいらしい反応をするのだ。かわいくて、愛おしくて、自分のものにしたかった。

 しかし、ベルローゼはなかなかジェームスの想いを信じてくれなかった。ベルローゼに嫌われていないことは分かるのに、恋愛感情を抱かれているかと聞かれれば自信がない。だからこそ、求婚したのだ。それなのに、ベルローゼは難しい顔をして考え込んでいた。


 ――わたしで、本当にいいのですか。ジェームス様は、第二王子です。わたしは、ジェームス様の負担になりたくはないのです。


 ――ベルローゼ、君がいい。君を愛しているんだ。君と結婚できないなら、きっと私はこの先誰とも結婚しないだろう。


 半分脅しのような口説き文句を真剣に吐くと、ベルローゼが狼狽えた。

 彼女の良心につけ込んででも、結婚してしまいたい。この時のジェームスは、とにかく必死だった。しかし、この台詞の直後、ベルローゼの目から大粒の涙が零れ落ち、ジェームスは慌てふためいた。かっこいい口説き文句など考える暇もなく、頭を下げて謝った。そして、どうしても結婚してほしいのだと懇願した。愛する人の涙ひとつで、自分がどれだけ馬鹿になれるのかをジェームスが実感したのは、この時がはじめてだった。


 ――……本当に、いいのですか? わたしも、ジェームス様のことを愛しています。表面上だけではない、わたしを見てくれたのは、ジェームス様がはじめてでしたから。


 恥じらい、涙ながらに愛を告白してくれたベルローゼは、それまでに見たどの彼女よりも愛おしく、印象的だった。


 そうしてジェームスはベルローゼと結婚し、周囲が顔を背けたくなるぐらいのラブラブな夫婦となった。しかし、子どもには恵まれなかった。愛する妻と二人ならば、子どもなど……とジェームスは思っていたが、ベルローゼは違っていた。


 ――バートロム公爵家の跡継ぎを、わたしは産みたいのです。なにより、あなたとの子をわたしはこの腕に抱きたい。


 この言葉で、ジェームスは子どものことを真剣に考えるようになった。そうして、ついに子どもを授かり、幸せの絶頂にいた時に、兄エレデルトの死と姪クリスティアンの投獄を聞かされた。ベルローゼと、お腹の子を置いて、ジェームスは王都にかけつけた。しかし、ジェームスにできることは何もなかった。すべてが、手遅れだった。

 そして、クリスティアンが処刑された日、ジェームスとベルローゼの子が産まれた。ベルローゼは、体力の消耗が激しく、命の危険があると医師に告げられた。

 しかし、命の残り火が少ないと自覚しているはずのベルローゼは、天使のような微笑みを浮かべてこう言ったのだ。


――あなた、わたしたちの子はきっと強くて優しい子になるわ。クリスティアン様が亡くなった日に生まれてきたのだもの。きっと、クリスティアン様の魂を受け継いで、この王国を導いてくれるはずだわ。そのためにも、あなたがしっかりしていてね。わたしは、この子がお腹にいる時に、たくさんお話したから……それに、この子を抱くことができたから、それだけで、もう十分だわ。


 ぎゅっと我が子を抱きしめて、ベルローゼは眠るように息を引き取った。





「君の言った通りだよ。私たちの子が、導いてくれたよ。立派にクリスティアンの意志を継いでいる。本当に、自慢の娘だ」

 何も知らない奴らは似ていないというが、ティアレシアはベルローゼによく似ている。無表情なところとか、冷たくみられてしまうところとか、意外とかわいいところとか、優しいところとか、人を惹きつける魅力があるところとか……。挙げていけばキリがないくらい、ティアレシアを見ているとベルローゼを思い出す。それはジェームスだからこそ気付けることかもしれないが、最近は従僕のルディに様々な表情を見せているようだ。

 父親としては非常に複雑ではあるが、ティアレシアが幸せなら、それでいい。

 そんなことを思って苦笑していると、後ろから可愛い娘の声がした。


「お父様! もう、お母様に会いに行く時は私も一緒に行きたいってお願いしているのに」

 ぷぅ、と頬を膨らませて怒っているティアレシアに、ジェームスは肩をすくめる。

「悪かったよ。さ、ティアレシアもお母様に何か報告があるんじゃないのか」

 そう言うと、ティアレシアは頬を少し染めて頷いた。ジェームスはなんだか嫌な予感がして、耳を塞ぎたくなった。

「お母様、私、恋人ができたんです。お父様みたいに優しくも紳士的でもない悪魔みたいな男だけど、愛してしまったから仕方ないの……お母様が私を生んでくれたから、恋を知ることができました。本当に、ありがとう。私、お母様の分まで大切に生きます」

 ティアレシアの言葉に、ジェームスは涙ぐんだ。恋人だなんだは聞き流すとして、今までずっと母が自分のせいで死んだと責任を感じていた娘が、ようやく前に進むことができたのだ。これほどまでに嬉しいことはない。

 ジェームスは、愛する娘をしっかりと抱きしめた。


「ティアレシア、お前の幸せがお父様とお母様の幸せだよ」


 二人の親子を包み込むように、やわらかな春の風が吹いた。


読んでいただきありがとうございます。

ティアレシアの両親のお話でした。

ジェームスは超のつくほどの愛妻家でした。おそらくルディよりも、ジェームスの方が甘い雰囲気を作り出すのが上手なのではないかと思います。もう、妻にメロメロです。そしてそれを隠そうともしないので性質が悪いです……兄エレデルトもおそらく引いてたでしょうね、これは。

そんな想像がいろいろと膨らんだジェームスとベルローゼのお話。番外編で短編なのでコンパクトにダイジェスト版のようにまとめてしまいましたが、本音を言えばもっと詳しく書いてみたかったです。でも、最後ベルローゼが亡くなってしまうので完全なハッピーエンドにならずに切ない感じになってしまうのでこのぐらいがいいのかもしれません……。

ここで書きたかったのは、ティアレシアの無表情とかが実はお母さん譲りだったのよ!ってことですね。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


奏 舞音

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